第718話 交換会ですが何か?
期末試験が終わり、天ぷら屋開店も無事滞りなく行われ、終業式前の最後の行事としてプレゼント交換会が行われる事になった。
すでに、この行事についての説明は期末試験終了後に各教室で行われ、生徒会からもその為の基本的な予算である五銅貨(約五百円)も配られている。
だから、予定日までに最低でも五銅貨の価値がある物をその予算プラス自分の財布から捻出して用意することになっていた。
リューはすでに、その為の準備はできていたし、いつも一緒にいるリーンや護衛役のスードもそれぞれ何を用意するか考え、リューに休みを取って出かけている。
生徒の中には材料を購入してそれで何かを作って用意するという者もいたし、お抱えの職人に自分が考えたものを作らせる者もいた。
一番無難なのは、既製品を買って用意するというもので、大半の者がこの形である。
リューはお抱えの職人が多数いるから、作らせる可能性が高そうであった。
というのも、リーンやスードにも内緒でマイスタの職人と接触し、相談をしていたからだ。
それでリューは、「複数の案を考え一つに絞った」とリーンに話すのであった。
プレゼント交換会の趣旨は、クラスの誰かに普段の感謝を込めて用意するというものである。
だから、普段一緒に居る友人の為であったり、まだ、親しくない者と距離を縮める為の物であったり、好きな異性、恋人などを想像しても良いだろう。
もちろん、誰に渡るかは運次第だから、それも含めて楽しむのがこのプレゼント交換会である。
当日は、生徒達が持ち寄ったプレゼントを、各クラスで教室の片隅に集めることになった。
「みんなはどんなものを用意したんだ?」
ランスが小さい箱を教室のプレゼント置き場に置くと、みんなのところに戻ってきて興味津々とばかりに聞いた。
「はははっ! それを言ったらつまらないじゃないさ!」
リューがそんなランスにツッコミを入れる。
「意外なことにリューのプレゼントはランスのプレゼントよりもはるかに小さいぞ」
ナジン本人が一番驚いている様子で指摘した。
「そうなのか!? なんだよ、俺はリューの用意したプレゼント狙いだったのに、小さいのか」
ランスが残念そうに応じる。
「ちょっと! 僕が考えたプレゼントはみんなの悩みを解消してくれるものなのに、そんな言い方ないでしょ!」
リューが不服そうにランスにツッコミを入れた。
「そうなのか? 俺は、自分が貰ったら嬉しいものを用意したぜ?」
ランスがヒントを出すように告げる。
「俺は誰に当たっても大体は喜ばれるものかな」
イバルが、ランスの言葉に反応して答えた。
「私は、リューの健康を考えて用意したわ」
とリーン。
「自分は貰っても当たり障りのないものかな」
とナジン。
「……私はランドマークブランドマニアとして、密かに熱いものを見つけてきたよ」
とシズ。
「みんな考えているのね。私はみんなの基準になりそうなものを選んできたわ」
とリズ王女。
「私は誰でも、あって困らないだろうものを用意しました……」
とラーシュ。
「自分は主が普段使いできるものを職人にお願いして用意しましたよ!」
とスード。
「かっかっかぁ! 我は適当に財宝の中から選んで持ってきたのじゃ」
とイエラ・フォレス。
「……ちょっと気になること言っている人もいるけど、誰のものが誰に当たるのかも楽しみだね」
リューはみんなも色々考えて用意してくれたようだと、趣旨の通りになっていることを喜ぶ。
そして、お昼からのホームルームでプレゼント交換会が行われることとなった。
担任のビョード・スルンジャー先生がランダムにプレゼントを手にして、並んでいる生徒へ順番に渡していく。
それを持った状態で、好きな順番に円陣を組む。
「それでは準備もできましたね?」
担任がそう告げると、ウキウキしているみんなは一斉に、
「「「はい!」」」
と返事を返した。
そして、
「せーの!」
という担任の掛け声で王都では有名な童謡をクラス全員で歌い始めるのであった。
その歌っている間に、リズムよく手元にあるプレゼントを時計回りに隣に渡していく。
その輪には担任のスルンジャー先生も入っている。
先生もプレゼントを用意しているからだ。
歌はサビに入りいよいよ佳境になり、大きなプレゼントの箱が手許から去っていくのを残念な顔で見送る者もいれば、手紙でも入っているのかという薄い紙のプレゼントを嫌がる者もいた。
だが、まだ、サビは終わっていないから、豪華そうなプレゼントが回ってくるのを期待する者も多い。
そして、サビが終わり、移動していたプレゼントがみんなの手許でピタリと止まる。
「やった! 大きな箱のプレゼントが当たった!」
「俺が用意したプレゼント。意中の人どころか男に渡っているじゃん……」
「何が当たったのか楽しみだな」
など生徒達からは、プレゼントの大きさについて悲喜こもごもの声が上がるのであった。
ちなみにリューの手許には、飾り気のない小さな箱がやってきている。
「それでは、みなさん。プレゼントについて、まず、自分の出した物が当たった人は挙手してください。その中で、相手のものと交換、もしくは先生のものと交換しましょう」
担任がそう告げると、三人の生徒が挙手して、その生徒同士で交換しあう。
「それではよろしいようですね。お楽しみのプレゼントの中身を確認していいですよ。ただし、箱や包装紙のゴミはちゃんとゴミ箱に捨ててください」
担任がしっかり注意をすると、みんな喜びの声を上げてプレゼントを開封するのであった。
リーンが貰ったプレゼントの中身は、『高級革手袋』で男性用、女性用が一組ずつ入っていた。
「これ、ランスのプレゼントでしょ?」
リーンはランスが用意したプレゼントの箱であることを覚えていたのでそう指摘した。
「はははっ! 正解! ペアだから男性用はリューに渡せば丁度いいぜ」
ランスは男子でも女子にでも当たっていいように、二組用意したのであったが、うまい具合にリーンが引いた感じである。
「そうね! はい、リュー」
リーンは良い提案とばかりに男性用をリューに渡すのであった。
ちなみに、ランスはスードが用意したプレゼントが当たっていた。
中身は、リューの為に用意した銀製の『高級ペーパーナイフ』である。
「お? これ良いじゃん! ──スードが用意したものなのか、センスいいじゃん。ありがとうな」
ランスは執事見習いとして手紙の開封を行うことも多いので、普段使いできると思って素直に喜ぶ。
そして、そのスードは、リーンが用意した貴重な『ポーションセット』を当てていた。
これにはスードもガッツポーズであったが、
「スード、リューが怪我した時は、それを素早く使用するのよ」
と使い道を指示したのは言うまでもない。
それにこのポーション、リューの妹ハンナ特製らしく本当に貴重なものらしい。
そして、他の生徒達はと言うと……。
リズ王女は、シズが用意したランドマーク製『細かい装飾のなされた宝石箱』を引いていた。
「まあ、綺麗……! ──大事にするわね、シズ」
リズ王女はすぐに気に入った様子である。
そんなリズが用意したプレゼントは、『王家の紋章が入った高級カップ二組』であり、これは他のクラスメイトが当て、誰もから羨ましがられていた。
当然ながら、王家の紋章入りのものなど、そうそう使用できるものではない。
それだけに、家の家宝になりそうなものであったから、喜ぶのも当然である。
そして、シズはラーシュが用意した『特製お薬詰め合わせ(胃薬、毒消し、頭痛薬など)』を当てていた。
「……これは普通に嬉しい!」
シズはコミュ障であったので、いつも緊張することが多く、胃薬はありがたかったし、頭痛薬などもよく医師に処方してもらうことが多かったのだ。
「良かった……」
ラーシュは喜んでもらえて安堵する。
やはり、喜ばれないのが一番悲しいからだ。
そして、そのラーシュはナジンが用意した『高級なハンカチと香水』を引き当てていた。
「良い香り……」
ラーシュは匂いを嗅いでうっとりする。
その姿を見てナジンも安堵した。
誰もが自分のプレゼントを喜ばれるのは嬉しいものである。
そのナジンは、貴族の子息が奮発して用意した『高級狩猟ナイフ』を当てて、普通に喜んでいた。
そして、リューはと言うと……。
担任であるスルンジャー先生が用意した『高級万年筆』を当てていた。
手紙が添えられており、『これで勉強を頑張ってください』と書かれている。
「先生らしいなぁ」
とリューはほっこりするのであった。
そして、そのリューの用意したプレゼントは、一般生徒が引き当てていた。
それは手紙のような薄さのプレゼントで当てた本人は、「ハズレだ……」と落胆していたが、その中身を確認して表情が変わる。
それは、三学期のパーティー時期に合わせてオーダーメイドの紳士服&ドレスが作れるというものであったからだ。
職人が家まで赴き、採寸から調整まで行い、完成品を届けてくれる至れり尽くせりのものとなっていた。
「僕、こんな高そうなもの受け取れないよ……?」
家が金持ちとは言えない平民の一般生徒は、前回、レンタルでスーツを調達していたので思わぬプレゼント内容に困惑する。
「これを引き当てたのは君なんだから、君しか受け取る資格は無いよ。君だけの服を仕立ててもらってね」
リューがそう告げると、一般生徒は嬉し涙を浮かべてリューに感謝するのであった。
そして、忘れるところであったが、イエラ・フォレスが用意したプレゼントは、イバルが引き当て、イバルが用意したものはイエラ・フォレスが当てていた。
イバルの用意したものは、主であるリューが仕える本家の商品ランドマーク特製『高級チョコの詰め合わせ』だったのだが、イエラ・フォレスは、目を輝かせてこれに喜んだ。
「おお! これは美味いのじゃ! 感謝するぞ!」
すぐに、バクバク食べ始めて、イバルに感謝の言葉を告げる。
そんな感謝されたイバルはそのイエラ・フォレスが用意したプレゼントを開けていた。
「指輪?」
イバルは首を傾げる。
見た目は、古めかしい指輪であった。
「小指に入りそうな大きさだな。──リュー、鑑定でこれがどんなものかわかるか?」
イバルはリューが初歩の鑑定スキルを持っているのを知っていたから、小指に嵌まるか試しながら聞く。
「指輪の鑑定ならできるよ。ちょっと待って」
リューはイバルが小指に嵌めた指輪を鑑定する。
すると、
『古い指輪』……何かの魔法が付与された指輪。通常の鑑定では分析できない呪いがかかっているから、装着には気をつけよう。
と表示された。
「あっ……」
リューが鑑定結果を知って、イバルに声をかけようとしたがすでに遅かった。
イバルは小指に嵌まったその指輪を抜こうとするが、ぴったり嵌まって取れないから、困惑している。
「え……?」
イバルは、動揺してリューの目を見るが、リューも首を振る。
「ちょっと待て! イエラ・フォレスさん、これは駄目なやつだろ!?」
イバルが美味しそうにチョコを堪能しているイエラ・フォレスに声をかけた。
「うん? その指輪は一度嵌めると効果を発揮するまで呪いがかかって取れないが、悪いものではないから安心せよ。かっかっかぁ!」
「!」
イバルはその返答に、がっくりと肩を落とす。
イエラ・フォレスが言うのなら確かなのだろうが、指輪を付けるのはイバルの趣味ではないのだ。
「まぁまぁ……。悪いものではないみたいだし、前向きにね?」
リューは笑って焦るイバルをそう励まし、背中をポンポンと叩くのであった。