第717話 留学生達のひと時ですが何か?
天ぷら屋の評判が貴族の間で良いのはとても喜ばしいことであったが、その中でも経営者であるランドマーク家やお膳立てしたリュー達よりそのことを喜んでいる人々がいた。
それが、ノーエランド王国関係者である。
現在、クレストリア王国にはエマ王女をはじめとした留学生の一団や両国の国交回復の為に大使などが王都には駐在しており、自国の為に活動を行っていた。
その中で、ノーエランド王国の特産品の売り込みをしたいところであったのだが、クレストリア王国の王都から自国の王都までの距離を考えると、どうしても日持ちしない飲食物を勧めるのは難しい現状が存在している。
その為、ノーエランド王国関係者は、苦戦を強いられていたのだが、そこにランドマーク家がノーエランド王国近海で獲れる海鮮を使った『天ぷら屋』を開店してくれた。
なので、ノーエランド王国大使などは、早速、ランドマーク家と交渉して個室の使用をお願いすることにしたのである。
経営を任されている長男タウロは、リューから事情は聞いていたので、快くその交渉に応じることにした。
お陰で、エマ王女の一団も懐かしい海鮮料理が食べられることとなる。
「……久し振りの海の幸ですわ……」
エマ王女の世話係で最年少十一歳で王立学園に留学生として編入しているアリス・サイジョー伯爵令嬢が、エビの天ぷらを一口食べると感動のあまり少し涙目になって感想を漏らす。
「よく考えたら海産物を食べないことなんて、こっちに来るまでなかったからなぁ。俺は基本、肉が好きなつもりでいたけど、いざ、食べられなくなると、こんなに恋しくなるとは思わなかったぜ……」
海軍元帥ガーシップ公爵の子息であるシン・ガーシップも久し振りの刺身に涙目だ。
それは宰相の子息であるサイムス・サイエンや留学生一団をまとめるテレーゼ女男爵も同じで、こちらに来てから数か月、食べたものと言えば川魚の塩漬けくらいだったから、この『天ぷら屋』の開店は彼らにとって故郷を思い出させてくれる場所となりそうである。
「みんな、そんなに食べたかったのね。それならそうと早く言ってくれればよかったのに」
エマ王女だけは、どういうわけか久し振りの海鮮料理にも感動が薄いようであった。
「姫様は環境の変化に慣れるのが早いのですわ。普通、故郷の料理が食べたくなる時期のはずですわ。モグモグ……」
エマ王女の傍にいる世話役として一番彼女のことを知っているアリス・サイジョーは、王女の適応能力に感心を通り越して呆れ気味に言う。
その間もアリス・サイジョーはホタテの天ぷらを食べながらであった。
「姫様は適応能力に優れているのだよ。ずっとそばにいながら、そのことに最近ようやく気づいたがな」
サイムス・サイエンはエマ王女をフォローするように言う。
「こちらの国の料理もとても美味しいわよ? それにランドマークビルにある『喫茶ランドマーク』の料理はこの国でも珍しいって言ってたじゃない? 食べられるうちに食べないと勿体ないわ。うふふっ」
留学の一団としてこの国を一番満喫しているのは、エマ王女で間違いないだろう。
元から自国以外の国に興味を持っていたエマ王女であったから、このクレストリア王国への留学は親善の意味で行われているのだが、一番適した人選だったようだ。
だから、エマ王女は、他国での生活が楽し過ぎて、故郷の料理が食べられなかったこともさほど苦にしていないのであった。
「そう言えば、姫様。姫様に言えば、海鮮料理はどうにかなったのかい?」
シン・ガーシップがエマ王女が先程言った言葉に首を傾げて聞く。
「ふふふ。どうにかなるというより、リュー様にお願いしてみれば、良かったのですよ。リュー様には『困った時は僕に言ってください』と言われていましたし」
「「「あっ」」」
エマ王女の言葉に一同は、思い出したように言葉に詰まる。
「そうでした……。皆様の世話役として付いている私が、それを忘れていました。すみません……」
テレーゼ女男爵が、失念していたとばかりに謝った。
だが、食べる手は休めない。
どうやらみんな、本当に久し振りの海鮮料理が嬉しいようである。
「リュー殿は忙しい身なので、あまり頼るのはいけないという思いから、除外してました……。そう言えば、たまにあちらからの手紙を運んでもらっているのでしたっけ……」
刺身を食べながらサイムス・サイエンも完全に失念していたとばかりに溜息を吐く。
「でも、リュー・ミナトミュラーに頼るのは癪ですわ」
負けん気の強いアリス・サイジョーが、反論する。
「アリス嬢。この『天ぷら屋』だってもとはと言えば、リューの旦那が考えた代物だぜ? そこで食事をさせてもらっている身なんだから、その言い方はよくないと思うぞ?」
珍しくシン・ガーシップがこの最年少のお嬢様を注意した。
「……その通りですわ。……反省するのですわ」
アリスはシン・ガーシップの真っ当な指摘に素直に非を認めて反省する。
「うふふっ。これでみんなも食べたい物をすぐに食べられるようになったのだから、リュー様やその兄であるタウロ様に感謝しないといけないですよ」
エマ王女が、みんなにそう指摘する。
「「「はい」」」
全員が美味しいものを食べて満足できたとばかりに笑顔で応じた。
こうして、ノーエランド王国の留学生組であるエマ王女一行は、満足してお店をあとにするのであった。
「……ということで、みなさん若に感謝しているとのことです」
そう報告したのは、同じく留学生組であるノーマンであった。
「そうだったんだね。一応、ノーエランド大使とはノーエランド王国への報告書なんか運ぶ仕事を契約しているからやり取りは多いのだけど、エマ王女殿下とは最近、話していなかったなぁ。最近どうなの?」
リューは護衛役として付いているノーマンに聞く。
「……そうですね……。エマ王女殿下はイバル殿と話すことが増えている気がします。なんでも、クレストリア王国に興味を持つきっかけになった人だそうで、友人として仲良くなっているようです」
「ああ。イバル君はエマ王女の婚約者になりかけた人だからね。他の人はどう? 世話役のテレーゼ男爵はいつも忙しくしているみたいだけど」
エマ王女達留学生組に何かあったら全責任はこのテレーゼ女男爵にあるので、毎日、神経をすり減らしていることだろう、と思ってリューはついでに聞く。
「……テレーゼ男爵も天ぷら屋での食事には涙を流していました。余程、故郷が懐かしかったのかもしれません。まあ、それはみんな同じようでしたが……」
ノーマンはエマ王女以外の全員が、嬉しさのあまり涙していたことも一緒に報告する。
「学園が長期休暇に入る時は、『次元回廊』でノーエランド王国まで送るから、そう伝えておいて」
リューが、気持ちがわかるとばかりに、そう答えた。
事実、リューは前世の記憶がある分、前世の料理が食べたくなることはよくある。
だからこそ、こちらで再現しているのだ。
それだけに、こちらに留学している生徒達の気持ちもよくわかるのであった。