第695話 他の襲撃ですが何か?
時間を少し遡る。
リューが『屍黒』のボス・ブラックとその影の支配者女性と戦っていた最中のこと。
各地でも、奇襲による拠点撃破が行われていた。
その数、数十か所であり、これほどの大規模襲撃は、二度は出来ないだろうと思える奇策である。
こういったものは前代未聞、やる者はいないと思われているからこそ成功するのであり、前例を作ってしまえば、二度は成功しないだろうからだ。
そんな大奇襲の中、『屍黒』の大幹部は、全部で五名。
大規模襲撃前の暗殺で一名死亡、一名重傷、残りの三名が警戒が厳しく断念か、失敗に終わっているから、その残りの三名を討ち取ることが出来れば、『屍黒』は崩壊するだろう。
だが、暗殺による襲撃があって以来、大幹部三名は、警戒をさらに強めていた。
腕利き用心棒の数を増員して昼夜護衛を厳重に行わさせたり、アジトには罠を敷き、襲撃者を捕らえる準備も万全である。
そんなところに奇襲をかける隊は、それだけリスクを伴うことになるのだが、当人達はいたって落ち着いた様子で奇襲を行っていた。
大幹部の中でも、一番厄介と思われた者を担当したのが祖父カミーザと領兵隊である。
祖父カミーザは慣れた様子で黒一色の恰好で夜に溶け込み、同じ姿の領兵隊と息の合った動きで、音を立てずに警備の護衛達を次々に無力化していく。
これらの動きは、魔境の森という危険な場所で培われた体術であり、足音を立てず、気配を消し、標的に接近する。
その間、全員が自分のやることを理解し、誰もが足手まといにならないように数手先の動きも想定して動くという、常人には到底不可能な無駄のない挙動に、サポートに回っているリューの部下達も舌を巻く。
祖父カミーザは、最終目標である大幹部の寝室に到着するまでに、領兵隊と共に十人以上の腕利き護衛を始末していた。
「ふぁ……。──むっ……?(護衛達の気配がない!?)」
大幹部は暗闇の寝室でベッドから身を起こすと、周囲に感じるはずの護衛達の気配がないことに気づいた。
「誰──」
大幹部は、声を上げようとした時である。
背後の闇から手だけがスーッと伸びて、その首にナイフが当てられた。
「!」
大幹部は全く気配を感じていなかったので、冷たい刃物が喉元に当てられたことに悪寒を走らせる。
「お前が『屍黒』の大幹部筆頭クーロンだな?」
祖父カミーザは念の為、確認する。
名前を呼ばれたクーロンは身動きが取れず、ゆっくり頷くしかない。
のど元に当てられたナイフは微動だにせず、頷いた拍子に、少し切れて血が一筋流れる。
「ふむ。下手に動かん方がいい。このナイフはよく切れるでな。簡単に首が落ちてしまう」
祖父カミーザは、大幹部クーロンの顔の横まで、近づくとそう警告した。
クーロンは、これまでの経験上、無意識のうちにここまで敵に接近されたことがなかったので、顔を青ざめさせていた。
「王都の暗殺ギルドの手の者……か?」
大幹部クーロンはあまりの手並みに、そう勘違いをする。
「まあ、今はそういうことにしておこうかのう。──お主には捕虜になってもらう。『屍黒』の情報が少しでも欲しいからのう。おっと、下手な動きはしない方がいいぞ。うちの部下達もいるからな」
祖父カミーザはそう言うと、大幹部クーロンが指をピクリと動かしただけでそう警告する。
大幹部クーロンは「(部下?)」と、思ったのも一瞬であった。
いつの間にか、クーロンの両傍にさらに二人の者が立っていたからだ。
これには、クーロンもさらに冷や汗がどっと噴き出す。
まさか複数人も部屋にいる気配を感じていなかったからだ。
これは抵抗するどころじゃない……。格が違い過ぎる……。
クーロンはそう断念すると、緊張したまま脱力する。
すると、領兵二人が手際よくクーロンを縄で縛って拘束すると、慣れた様子で担ぎ上げて闇に消えていく。
「よし、頼まれた仕事は完了しそうじゃ。あとは派手に吹き飛ばすかのう」
祖父カミーザがそう口にすると、それが合図とばかりに各所から火魔法による爆発が起きた。
祖父カミーザは、先程回収していた死体をベッドに置くと、火魔法で寝室を炎上させ、その場を離れるのであった。
大幹部クーロンが呆気なく拉致されると、その他の大幹部達も被害の大小はあれ、各襲撃隊によって奇襲を受けて討ち取られる事態になっていた。
暗殺と違って被害を気にする必要もないことから、派手に吹き飛ばす隊もあれば、標的を確保するまでは慎重に事を運ぶ隊もある。
それらは担当している組織の性格にもよるが、残りの大幹部二人は、形式上『月下狼』と『黒炎の羊』の精鋭が、『竜星組』のサポートを受けて見事成功した形だ。
「ふぅ……。『竜星組』のサポートのお陰で逃げられずに済んだわ」
『月下狼』のボス・スクラが頬の傷を癖で触りながら安堵した様子でため息を吐く。
横には、『竜星組』の実動部隊で通称『総務隊』と呼ばれているルチーナ率いる部隊が、仕事を終えて集結していた。
目の前には、『屍黒』の大幹部の一人の大きな屋敷が炎上している。
「派手にやるのが好きだね、『月下狼』のボスは。まあ、私も嫌いじゃないけどさ」
ルチーナは、スクラのやり方に同意すると、長居は無用とばかりに部隊の撤退を指示する。
すでに大幹部は寝室で、スクラとルチーナが協力して討ち取ってしまっていたからだ。
「他も成功しているのかしらね?」
「その為のうちだから」
ルチーナは質問に対して一言そう答えると、「私達も退くわよ」と、スクラに声をかけ撤収するのであった。
『黒炎の羊』の新たなボス・メリノは『月下狼』と違って慎重にことを進めていた。
リューの部下の情報を元に、見張りを確実に排除し、大幹部の寝室までの道を確保、逃げ道も断ってから、本格的な襲撃に移る。
サポートを務めるのが、ルチーナの部下として総務隊の一部を率いるノーマン(十三歳)だったことも慎重になった理由の一つだろう。
メリノとしては、『黒炎の羊』のボスに成り立てで実績もなく、大きな襲撃は初めてであったから失敗は許されないと緊張していたのだ。
そこに子供ノーマンが『竜星組』のサポート役としてやってきたから、さらに慎重さに拍車をかけたと言っていい。
だが、その慎重さのお陰で、被害もほとんど出ずに標的まで辿り着き、ノーマンと二人で討ち取ることが出来た。
メリノは、最初こそノーマンという子供のお守りを任された気分でいたが、一緒に大幹部と戦ってみて、それが勘違いであったことを理解したから、改めて『竜星組』に感謝と同時に、その部下の層の厚さに驚くしかないのであった。
「若、大幹部連中は筆頭以外、全て討ち取ったようです」
リューはすでに、『次元回廊』で王都に戻っており、王都に潜入していた『屍黒』の残党狩りを指揮していた。
そこへ部下から、報告があった。
「信号弾を使うと報告も早いね! ──筆頭以外ということは、おじいちゃんも上手くいったということかな?」
リューは報告を聞いて、安堵する。
祖父カミーザには、一番厄介と思われた警戒心の強い大幹部筆頭クーロンを捕縛してくれるようにお願いしていたのだ。
殺すより難しい方法だからこそ、祖父カミーザにお願いしたのだが、きっちり仕事を果たしてくれたようである。
「さすが、カミーザおじさんね。──これで、『屍黒』の金の流れから組織の全体図まで、全てがわかるということでしょ?」
リーンが、リューの狙いを口にした。
「クーロンは、そういう立場だったらしいから、そうなるね。まあ、こっちも組織を裏で支配していた影の女ボスを、なんとか死なせずに捕らえられたから上出来でしょう。──まぁ、意識不明だから予断を許さないけど……」
リューは、リーンの疑問に答えると、自分達も思いもかけない戦果に少し満足するのであった。
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