第694話 闇の中ですが何か?
『屍黒』のボスであるブラックの姿を隠す闇は室内に充満し、扉や窓からも吹き出して一帯の視界を完全に奪っていく。
リューはそんな中、その室内に躊躇なく踏み込んだ。
「ほう。視界を奪われているのに、躊躇うことなく入ってくるとは、小さい体の割に度胸があるようだ。──だが、俺を狙うには十年早かったな。子供の刺客に殺される程、『屍黒』の看板は安くないんだよ!」
闇から聞こえる声は、室内を反響してリューの耳に届く。
どうやら、これも魔法によって音からその場所を特定されないように工夫しているようだ。
そして、ブラックの声と共に、闇からリューに投げナイフが襲う。
視界ゼロの中、リューはドス『異世雷光』を抜くと即座に、その投げナイフ三本を一瞬で叩き落とした。
「何!? 音も視界も奪われた状態で、どうやって気づいた!?」
ブラックからは、やはり、こちら側が見えているのか、リューの芸当に驚く。
「はぁ……。──幻術使いの影武者に、姿を消す手練れ、今回の闇魔法を使うあなた。何度も視界を奪われる敵の相手をすれば、いい加減慣れるよ」
リューは溜息を吐くと、呆れた様子でそう答える。
「慣れだけで、この俺の術が破られるわけがないだろう!」
ブラックはリューのふざけた答えに、憤りを見せた。
それもそうだろう。
人間、視界や音を奪われた状態で、相手の挙動を見破るというのは相当難しいことなのだ。
あとは嗅覚があるが、一瞬で投げナイフの匂いを見破って反応することなど不可能に等しいから、リューの言っていることは、ただの悪質な冗談にしか聞こえない。
「意外に反応が二流悪党だね。──……もしかして、元ボスであるバンスカーを真似して用意した影武者じゃないよね? ……もし、影武者となると、一緒にいる奥さんが、本物の『屍黒』のボスってパターンかな?」
リューは、落ち着いた様子で、思わぬ指摘をする。
事実、リューは室内に異質な二人の気配を肌で感じており、それがブラックとその妻役の護衛だろうことは予想がついていたのだが、ブラックの反応からそう判断した。
「ば、馬鹿を抜かせ!」
ブラックは、闇の中に妻役の人物がいることを暗に認めると、動揺した様子でそう答える。
そして、次の瞬間、また、闇からナイフが投じられた。
だが、リューは響く音と視界が奪われている状態でも、それに対して易々と反応して叩き落とす。
「こちらから反撃してもいいかな? どうやら、室内を動いてナイフを投げているのは妻役で、この闇魔法はブラック自身が使用しているみたいだね。どちらから攻撃しようかな……? それとも、僕が反撃する前に降参するかい?」
リューはブラックの戦い方を看破したように、そう宣告する。
「反撃だと? はったりはよせ。それが出来ないから、そこから動けないでいるのだろう? 貴様は、扉の傍に立つことで、こちらの攻撃範囲を限定し、動物的な勘で反応しているだけに過ぎないはずだ。そこから前に出れば、防御範囲は全方位になり、さすがに次の攻撃は防げないぞ?」
ブラックはリューの言葉を駆け引きだと判断して、リューの超人的な反応によるものでしかないと決めつけた。
「半分正解かな。確かに、僕は勘で反応しているところはある。でもね? それ以外に経験と洞察力である程度は、《《視えて》》いるんだよ」
リューはそう言うと、また、躊躇することなく前に出た。
「「!」」
ブラックと妻役の二人は、この豪胆な子供に、驚く。
だが、次の瞬間には、攻撃に出る。
背後の闇から、ナイフがまた二本飛んできたが、これをリューは難なく横に移動して躱した。
「いいのかい? 何度も僕を仕留めそこなうと、君達の寿命が縮まっていくよ」
リューは意味ありげにそう警告する。
「何を馬鹿な!」
ブラックは、また、リューのはったりと考えて、吐き捨てるように否定した。
「この闇と音の攪乱から、自分達の居場所がわからないと思っているの? 駄目だなぁ。さっきから僕に居場所を教える行為を犯しているじゃない」
リューはそういうと、また、一歩前に踏み出る。
そして、今度はリューの斜め後ろ辺りから、妻役が剣で斬りかかってきた。
リューは、背中に目が付いてるかのように、そちらに一瞬向き直ると、その剣を『異世雷光』で跳ね返す。
そして、それに合わせるように、『対撃万雷』を発動する。
妻役は、その雷の一撃を食らったはずだが、声一つ上げずに闇の中に消えた。
「今のは驚いた……。魔法完全耐性持ちかな? いや……、雷系魔法耐性持ちの方が説得力はあるね。 ……ちょっと、面白くなってきた」
リューはそう言うと、妻役の攻撃を気にすることなく、また、前に出て次の瞬間、右斜め横へ大きく飛び、その空間をドスで一閃する。
「ぎゃっ!」
手応えを感じると短い悲鳴が起き、視界を奪っていた闇が消えていく。
そして、反響する音も無くなる。
「呆気ないね、ブラック。──そして、『屍黒』の本当のボス、あなたのお名前は?」
リューはそう言うと、振り返った。
そこには、情報で聞いていたブラックの表向きの妻役という風に聞いていた地味目の美女ではなく、黒髪に青い瞳の妖艶な美女が立っている。
「……なぜ、ブラックの居場所がわかった……?」
女ボス? は、リューの言葉に応じることなく、闇の中、ブラックの居場所を正確に見抜いた種明かしを求めた。
「それは、あなたの攻撃からだよ。投げナイフの飛んでくる方向、その対角線上。それらを削除していくだけ。そして、決定的なのは、あなたが最後、僕にナイフではなく直接斬りつけてきたこと。それにより、ナイフだと僕が躱した場合、ブラック本人に当たる方角だからと予想が付いたのさ」
リューは何でもないとばかりに簡単に種明かしをする。
そして、続けた。
「それで、このブラックは、やはり、『屍黒』のボスではなく、君が本当のボスということでいいのかな?」
リューは、スリットの入った服を着たこの美女を、一瞥するとそう問いただす。
「ボスはブラックで間違いないわよ。私は、ずっとアドバイスをしていただけ。彼は闇魔法と腕は立ったけど、度胸と頭が足りないから、私が手助けすることでお互い、利益を得ていただけよ」
美女は呆気ない程、簡単にリューの疑問に答えた。
「なるほど、二人で一人か。ということは表向きのボスであるブラックは、僕に仕留められた以上、君の存在価値は失われたわけだ」
「そういうこと。でも……、私にも意地があるわ!」
美女はそう言うと、スリットの下からナイフを抜いて、リューに投げる。
だが、リューは当然ながら予想していたので、それをドスで難なく防いだ。
しかし、それはただの時間稼ぎで、美女は、その間に魔法を発動していた。
「『爆雷火』!」
次の瞬間、美女の体から雷がほとばしる。
四方にほとばしる雷撃は、全てに火魔法の爆発効果があり、室内はその雷を帯びた火魔法の爆発によって触れたものを吹き飛ばしていく。
リューは、その爆発に巻き込まれる瞬間、近くにあった天板の机を倒してその陰に潜り込み直撃を防ぐのであった。
「ごほごほっ……。さすがに自爆覚悟の魔法を使用するとは思わなかった……」
リューはそうつぶやくと、マジック収納からポーションを取り出すと、服がボロボロになり負傷した自分を治療する。
直撃を防いだと言っても、無傷ではなかったのだ。
そこに、リーンとスードが駆け付けた。
「大丈夫!?」
リーンが壁や屋根が吹き飛んだ室内に飛び込み、リューの無事を確認する。
「僕は大丈夫。それより、そっちの女性が助かるようなら、治療してもらえるかな?」
リューはそう言うと、自爆魔法を使用してその場にボロボロで倒れている女性を指差すのであった。