第691話 暗殺しましたが何か?
サン・ダーロが、『屍黒』のボスと思われる男を発見する数日前のこと。
リューは、個人の殺し屋や暗殺ギルドを使って、『屍黒』の大幹部を狙った暗殺を敢行することになった。
これは敵を動揺させ、こちらへの攻撃の手を緩ませたり、『屍黒』の謎のボスに対する揺さぶりを狙ったものである他、傘下の者がやられたことへの報復である。
それに、いつまでもこちらが後手後手に回るのは、士気にかかわることでもあったから、成功すればよし、失敗してもそちらの大幹部の顔はこちらに割れていますよ? という脅しにもなるから、問題ない。
こうして、『屍黒』の大幹部を狙った暗殺は敢行された。
大幹部は全員で五人。
そのうち、標的にしたのが三名であり、暗殺を成功させたのが、一人である。
残り二人は、周囲への警戒が普段から強かった為、断念した。
残りの三人も警戒していたが、こちらの殺し屋側が、やれる可能性が高いと踏んで現場が実行に移した。
そのうちの大幹部一人についてはそれが罠で、誘われる形で敵陣に暗殺者が飛び込むことになり、返り討ちに遭い失敗。
補助についていた『竜星組』の部下が捕らえられるところを助け出しなんとか脱出した。
もう一人は、成功こそしなかったが重傷を負わせたので、これは十分目的を果たせたと言っていいだろう。
そして、最後の標的、これは殺し屋側の腕が良かったと言っていい。
その暗殺を担当したのが、暗殺ギルドであり、その補助をしたのが、元殺し屋で現メイドであるアーサだったのである。
ちなみに、重傷を負わせた大幹部も暗殺成功した大幹部も暗殺ギルドの担当であったから、やはり、その腕に偽りなし、と言ったところであろうか?
「……『屍黒』の暗殺に対する警戒網は、こちらの想像以上だった……。『竜星組』から派遣されていたサポートの方の助力がなければ、こちらも失敗するところだっただろう……。感謝する」
暗殺を成功させた暗殺ギルドから派遣された腕利きの殺し屋は、仮面を付けた寡黙なアーサに感謝を述べる。
アーサは、軽く手を挙げてそれに答えると、次の瞬間には、その場から消え去るのであった。
「……『竜星組』が、あれ程の動きをする者を、殺し屋として使っていないのは驚きだな……」
暗殺ギルドの暗殺者は、アーサの隙の無い動きに脱帽するしかない。
敵は暗殺者に対して罠を張っており、アーサがその罠を見破っていなかったら、成功できずに撤退していた可能性が高かったからだ。
暗殺者は、自分の輝かしい経歴に傷がつかずに済んだと同時に、上には上がいることも知るのであった。
「暗殺ギルドによって大幹部二人中、一人を殺し、一人は重傷。あと一人の大幹部は、個人の殺し屋が、罠に嵌まって失敗、なんとか捕らえられず、脱出はできた……か。確率としては上出来だね。それに、うちに手を出したら、どうなるのかの報復の内容としては上出来だろう。──それにしても暗殺ギルドは警戒されている中、良く成功させたよね。やはり、その存在は侮れないなぁ……」
リューは暗殺の報告を聞いて、『王都裏社会連合』の間は味方である暗殺ギルドの仕事ぶりをそう評価した。
「なんだい、若様。ボクがサポートしなかったら、失敗に終わっていた可能性が高かったんだからね?」
アーサは、報告終了するまで無口であったが、リューの暗殺ギルド評価を聞いて、やっとその口を開いた。
「そうなの? さすがアーサだね! じゃあ、暗殺ギルドについて、君からはどう映った?」
リューは、元殺し屋であるアーサの評価を聞くことにした。
「うーん……。まあ、一流と評価していいと思う。今回は相手が暗殺を警戒して事前に策を講じていたから難しかったのが原因だからね。本来、それが発覚したら暗殺計画自体が中止になるところだから、よく成功させたと思うよ。もう一件の方も、敵の罠を掻い潜り重傷を負わせたのは、見事だと思う。何より、生きて帰ってきているからね」
アーサは、殺し屋の基本として、任務遂行と証拠を残さず生きて戻ってくることが一番重要だと考えているから、暗殺ギルドに対しての評価は高かった。
「やっぱり、アーサの目から見ても評価は高いのか……」
リューは、そうつぶやくと唸る。
「でも、昔の方が、まだ、凄腕の殺し屋はいたんだよね。すでに引退しているのかな? もしかしたら今は、暗殺ギルドのボスを務めているのかしれないけど……。あの感じなら、ボクの方が断然上だよ?」
リューが、暗殺ギルドを高く評価したので、アーサは嫉妬からそう告げた。
「はははっ! アーサの腕は全然疑っていないよ? 問題は暗殺ギルドがこれからも味方であり続けてくれるかだからね。会合に来てくれた代表も、本当のボスではない気がしたんだよね……。だから、暗殺ギルドは、どのくらい潜在能力があるのかわからない分、味方とはいえ警戒したくなるのさ」
リューは、アーサを安心させると、そうぼやくのであった。
「暗殺ギルドの心配もだけど、今は『屍黒』に集中しましょう。敵は大幹部が五人中三人が狙われ、二人死傷者を出したわけだから、その影響は大きいはずよ。あとはボスの正体がつかめれば、本家からカミーザおじさん達を呼んで、本格的な反撃でしょ?」
二人の会話にリーンが間に入って、そう告げた。
リーンの指摘通り、今は『屍黒』との抗争に集中するべき時だろう。
リューは、その言葉に頷く。
「もちろん、そのつもりだよ。あちらも大幹部がやられたことで、反撃を考えるはず、その時、ボスが焦って襤褸を出してくれると正体がわかっていいんだけどね。反撃はその時かな」
リューは、リーンの言葉に賛同しつつ、その機会を願う。
そこへ、執務室の扉がノックされた。
「はーい、どうぞ?」
執事のマーセナルだと思ったリューが、軽く返事をする。
扉が開くとそこにはランスキーが、真剣な顔で立っており、「失礼します、若」と室内に入って来た。
「どうしたの? 何かあった?」
リューはただ事ではないと感じたが、緊張を解そうと軽い口調で聞く。
「サン・ダーロと部下達がやってくれました……! 『屍黒』のボスと思われる男を特定したそうです!」
ランスキーはそう言うと、報告書とそれに添付した似顔絵を、リューに提出するのであった。