第679話 集会後の話ですが何か?
捕縛した『屍黒』の連中を集会に集まった裏組織に引き渡したのには、いくつか理由がある。
まずは、全員に連帯感を持たせること。
裏社会において、チームワークというものは、皆無と言っていいだろう。
それぞれの組織が好き勝手にやってきた社会である。
袖が触れ合うことでもない限り、お互いが干渉し合うこともないのがこの世界であったから、リューは同じ標的である『屍黒』を引き渡すことで同じ敵に対しているという意識を持たせたのだ。
そして、もう一つは、虜囚を手にかけさせることで、『屍黒』との全面抗争から引けない状況を作った。
これは、裏社会ならではだが、いつ誰が裏切ってもおかしくないのがこの世界だからである。
『屍黒』の部隊長レベルを処理させて、手を汚させる、これが重要だった。
もちろん、それでも裏切る者は裏切るであろうが、その時は『竜星組』を敵に回すとどうなるかを教え込むだけだ。
だが、王都裏社会でそれをやる愚は十分理解しているはずである。
それが、今回の『屍黒』の捕縛した者達に対しての非情な処分なのだ。
『屍黒』は、王都内での放火を躊躇うことなく行った。
それは表と裏の世界のどちらでも禁忌としている。
状況にもよるが、被害が周囲に及ぶし、警備隊や王国騎士団の介入を許すことにも繋がることが大きな理由だ。
当然、警備隊や王国騎士団も放火については厳罰を持って対処するのが常識であるから、『屍黒』の『相手を潰す為なら何でもあり』、というやり方はこの『裏社会』で下の下、なのである。
それだけに、それを行ったものに対しての対応は、冷徹でなければならない。
二度とやらせない為にだ。
だからこそ、今回の『竜星組』の対応は、いろんな意味で理に適っているのである。
そういった事から、『竜星組』の行動は表と裏の世界どちらからも評価されるものであった。
警備隊、王国騎士団に協力要請をし、捕縛した者達を引き渡して花を持たせたし、裏でも連帯感を持たせる為に部隊長クラスを引き渡して処理したのだから。
実際、『竜星組』の立ち回りは、普段からの行いもあり、警備隊、王国騎士団からも信頼を得ている。
「『闇組織』全盛の時代、役人達は当然ながら裏社会と敵対していたが、今の『竜星組』は治安維持に協力的だし、彼らの縄張り内で、外道な犯罪が起きれば情報提供も行ってくれる。お陰で我々も仕事がやりやすくて助かっているよ」
「本当にな。それに賄賂を貰って好き勝手やる腐敗した役人も昔は多かったが、今は劇的にそれも減った気がする」
「実際、そういう役人は『竜星組』の方からこちらに情報を流してくれるからな」
という感じで警備隊、王国騎士団の真っ当な関係者からは喜ばれていた。
当然ながら、『竜星組』は裏社会のルールに従っている組織だから、買収している役人はもちろんいるのだが、それはあくまでお互いの利益になる情報のやり取りが中心であったから、買収されていると思っている者は少ないのであった。
さらに、裏社会の組織からも評価は高いが『竜星組』の存在は多少異端扱いはされている。
表の世界との距離が近いからだ。
しかし、裏の世界の住人として、酸いも甘いも知り尽くしていることも事実であり、余計なことには干渉してこないし、青臭い正義を持ち込むようなこともない。
ただ、『竜星組』の縄張り内で問題を起こすと、徹底的に追い込みをかけてくるので、同業者からはとても恐れられていた。
そう、『竜星組』は縄張り内で好き勝手するよそ者には容赦がないのだ。
これはリューというより、マルコが容赦ないという感じではあったが、リューもそれを黙認しているので裏社会のルールを理解したうえで、『竜星組』のルールも相手に叩き込んでいると言って良かったかもしれない。
裏社会の組織やグループは、だから『竜星組』に一目も二目も置いており、手を出してはいけない存在となりつつある。
それに、最近では『月下狼』も、その『竜星組』にかなり接近していたし、先日の集会では『黒炎の羊』の新たなボスも『竜星組』の顔を立てていたことで、他の組織も王都裏社会はついに『竜星組』一強体制になったと理解した者がほとんどであっただろう。
「『竜星組』はうちのような小さい組織に対し傘下に入れとも脅してこないからな」
「うちもだ。それにあそこは、警備隊とも近いから、うちのやり方は『竜星組』とはそりが合わないはずなんだが、集会に呼ばれたのは驚きだったぜ」
「それに、裏社会でさえその存在がお伽噺と思われていた伝説の『暗殺ギルド』も、『竜星組』の声掛けに応じて身バレを恐れず代表者が集会に参加したんだから、これはとんでもないことだぞ?」
「俺は、『竜星組』とは水と油だと思っていた人身売買組織が招集に応じたことに驚きだったがな。あそこは裏社会の中でも外道の集まりだぜ? お互いそのやり方を一番嫌悪しているだろうに」
「それは『竜星組』の深謀遠慮だと思うがな。応じなければ今後敵対する者として叩く大義名分になった気がする」
「それはどうだろうな? あそこは縄張り以外での外道な行いは、干渉してこない。敵対行動さえとらなければ、問題にしないというのが『竜星組』じゃないか?」
「王都裏社会が『竜星組』一強になって、住みづらくなったか? というとそうでもないからな」
「今回の集会はそれらを改めて確認することになった気がする。何より、そりが合わず干渉することもなかった俺達が、こうして、集まって酒を飲みながら言葉を交わすきっかけになったのも『竜星組』あってこそだぜ?」
「「「確かに……!」」」
集会に呼ばれるまでは、角を突き合わせる間柄であった組織の代表者達は集会をきっかけに意気投合して、大きく頷くのであった。
「若、集会直後から裏社会の大小の組織同士が積極的に会合を行っているようです」
ランスキーがマイスタの街長邸執務室でリューに報告を行った。
「……裏切りを画策しているとかではないよね?」
リューは先日の集会で手応えを感じていたから、嫌な報告なのかと確認する。
「いえ、今のところ問題はなさそうです。あの集会で王都裏社会の結束が固まったと言ってよろしいかと思います」
ランスキーはリューの心配を否定してよい報告をした。
「そう? まあ、あの集会は全ての裏組織に『屍黒』に対する決起を促すこと以外に、うちと敵対する組織を見極めることなどもあったからね。それに、それらの組織と交流が生まれるなら今後、彼らの外道な犯罪行為を未然に防ぐ為の交渉も出来やすくなるだろうし。──その辺はランスキーやマルコに任せるよ」
リューはニヤリと笑みを浮かべると、『屍黒』の存在を利用して、他の目的達成にも利用していることを口にした。
「さすが若です。外道な連中もつまはじきにされることなく大集会に呼ばれて、意気に感じていましたからね。こっち側に引き込む為に上手く誘導して見せますよ」
ランスキーもリューの狙いを理解していたから、リュー同様悪い笑みを浮かべる。
「ランスキー、あなたが悪い笑みを浮かべるとまんま怖いんだから、控えめにね」
リーンが二人の悪い笑みを見比べて注意した。
「それはひでぇよ、姐さん!」
ランスキーは苦笑いすると、リーンの言葉を冗談っぽく非難する。
「はははっ! ──ランスキー、当面商会以外の組織は、対『屍黒』との抗争に力を注ぐよ」
リューは二人のやり取りがおかしくて笑うのであったが、気を引き締めると、そう告げるのであった。