第619話 決勝でしたが何か?
リューが突然出場者をスカウトする準決勝であったが、無事決勝を迎えることになった。
決勝戦はリュー・ミナトミュラーVSシン・ガーシップである。
この決勝戦を前に、リューはどうするか迷っていた。
「どうしたのリュー? 何か悩んでいるみたいだけど?」
リーンが決勝戦直前のリューの様子に気づいて声をかけた。
「うーん……。ノーマン君との準決勝戦での不戦敗に疑問を持っていないシン・ガーシップ君との対戦はどうしようかなって……」
「ああ。確かに何も言わずに不戦敗を受け入れていたわね。上級貴族だからそれも当然のこととして受け入れているんじゃないかしら? リューとの対戦を楽しみにしていたみたいだし、ちょっと実力差を見せつけてあげれば?」
リューの言葉にリーンも納得したというように頷くと、そう答えた。
「ノーエランド王国の代表だし、少し悩んだんだけどそうしようか」
リューもリーンの言葉で迷いも吹っ切れたのかそう応じる。
そこに、
「決勝戦を始めます! 両者、入場してください!」
と審判の声が闘技場に響き渡る。
「じゃあ、行ってくるね」
リューはリーンにそう告げると、決勝の舞台会場へと向かうのであった。
決勝戦は、ほぼ一方的な展開であった。
リューが試合開始と共に、攻勢に出てシン・ガーシップは防戦一方だったのだ。
必死にリューの攻撃に耐え反撃しようとするシン・ガーシップであったが、リューはその隙を与えない。
それどころかシン・ガーシップの足の付け根を突いて動きを止め、次に左肩、そして、腹部にと剣で突いていく。
「くっ! 俺が何もできないなんて……!」
シン・ガーシップはリューとの歴然とした差にショックを受けてそう漏らす。
「準決勝では楽してノーマン君に勝利を譲ってもらったんだから、もう少し頑張らないといけないよ?」
リューはここでチクリと刺さる言葉を告げた。
「あれは俺との差に敵わないと思ったノーマンが負けを認めただけだ!」
シン・ガーシップはリューの指摘に負けん気を見せて踏ん張ると初めて反撃した。
だが、リューはその反撃も余裕で躱してみせる。
「そうであっても、君が彼に対戦するように望めば、試合はできたんじゃない? でも君は、この決勝戦に向けて体力を温存しておきたいと思った。だから、ノーマン君の申し出に甘えたんじゃない?」
リューはボロボロのシン・ガーシップの必死の攻撃を受け流しながら、痛い指摘を続けた。
「くっ……! ならどうしろと!?」
シン・ガーシップは痛いところを突かれて怒り任せに大振りに剣を振るう。
「この学園は貴族も平民も平等に学べるところなんだ。貴族の君が、平民の彼に気を遣わないように告げるべきじゃない? 君は確かに強いと思うけど、自分の地位に甘えているように見える」
リューはそう言うと、シン・ガーシップの剣を叩き落とし、膝をついて突っ伏す彼の首に剣を当てた。
「そ、それまで!」
審判はこのリューの圧倒的な強さでの勝利に慌てて止めに入る。
そして、
「ミナトミュラー選手の勝利!」
と宣言するのであった。
一部始終を観ていた観戦者達は、
「試合中、二人とも何か話していなかったか?」
「一方的な試合だったな」
「何か師匠と弟子の練習試合を見せられている感じだったな」
とあまり評判はよくないものであった。
だが、それはそれとして激戦の多かった二年生の部の大会の決勝であったから、健闘を込めて拍手が起きる。
「シンの奴、試合中にミナトミュラー男爵と何を話していたのだ?」
ノーエランド王国宰相の嫡男サイムス・サイエンが眼鏡をくいっと上げると、傍にいるノーマンに漏らす。
「さあ……、わかりません。ここからは聞き取れませんでした」
平民のノーマンはサイムス・サイエンに気を遣ってそう応じる。
「ガーシップ君が負けたのは残念だけど、やっぱり、リュー様は強いですね」
エマ王女は二人の会話を気にすることなく、リューを評価した。
「でも、残念ですわ。ガーシップ先輩も準々決勝のボジーン戦での激戦がなく万全だったら、まだ、どうなっていたかわからなかったですわ」
最年少十一歳でノーエランド王国の大臣の娘アリス・サイジョーがシン・ガーシップを庇って贔屓目にそう述べた。
「それを言ったら、リュー様の初戦は観れなかったけど、二回戦から決勝までの対戦相手はほとんど強い相手のように見えましたよ? リュー様が強すぎてそう感じなかっただけじゃないかしら?」
エマ王女は剣術にはあまり詳しくないはずなのだが、意外に鋭い指摘をする。
「対戦相手次第のトーナメントですから、シンの奴は運がなかったのでしょう。今回はクレストリア王国側に花を持たせた、ということにしておきましょう」
サイムス・サイエンは親友の敗北が悔しそうであったが、そう結論付けた。
「ふふふ。男の子は負けず嫌いなんだから」
エマ王女は、友人達の子供っぽさをそう指摘すると微笑む。
「姫様、みんな頑張ったと思うのですわ。あとで労いの言葉をあげてほしいのですわ」
アリス・サイジョーはシン・ガーシップ、サイムス・サイエン、ノーマンの頑張りを評価するとそうお願いした。
「ええ、もちろんよ。三人とも上位進出したのですから立派です。ノーエランド王国の若人の力を示せたと思いますよ。みんな、ご苦労様」
エマ王女のその美しい微笑みの労いに、サイムス・サイエン以下全員は、それだけで満足するのであった。
こうして、二年生の剣術大会は、今年もリューの優勝で終わることになった。
ちなみに、観戦者注目の試合は、二年生の部だけではない。
そう、一年生で勇者スキルの持ち主エクス・カリバール男爵や獅子人族で剣豪を多く輩出しているレオーナ・ライハート伯爵令嬢、家は落ち目ではあるがその才能は素晴らしいエミリー・オチメラルダ公爵令嬢、三大派閥の一角を担うルーク・サムスギン辺境伯子息の試合が大いに期待されていた。
そして、その期待に応えるように、一年生の部は熱戦を繰り広げたのである。
決勝は勇者エクスと獅子人族のレオーナ嬢が対戦し、なんと大方の予想を裏切って優勝したのはレオーナ嬢だったのだ。
これには観戦者達も大いに盛り上がり、決勝戦だけなら、この日、一番の歓声が巻き起こったのである。
この勝敗には理由があり、エクスはその前の試合でルーク・サムスギン、エミリー・オチメラルダ嬢と対戦してかなり体力を消耗していたのだ。
その為、対戦相手に恵まれたレオーナ・ライハート嬢が体力を温存していた分、紙一重で勝利したというのが内情であった。
「僕達の試合以上に盛り上がったみたいだね」
リューは、ちょっと悔しそうにリーンに漏らす。
「仕方ないわ。実力差のある試合より、勝敗がわからない接戦の方が素人には面白く見えるものよ」
「確かになぁ。そういう意味では、初戦でのリーンとの試合が、僕のピークだったね」
リューはリーンの返答に苦笑して応じると、そう結論付けるのであった。