第586話 各班スタートですが何か?
二日目の夜は初日の夜に比べると比較的に静かであった。
時折、魔物の鳴き声や近衛騎士、王国騎士の助けを求める声も聞こえたが、それらもランドマーク領兵が駆け付ける事ですぐに収まり、生徒に被害は引き続きなかったようである。
リュー達の班は見張りを立てるのはもちろんだが、翌日の『死の行進』のスタートが、昼近くなので余裕をもって休む事にしていた。
ランドマーク領兵の護衛もだが、班にはこの魔境の森に精通しているリューとリーンもいるからだ。
もちろん、二人は教師陣からは参加はしても余計なアドバイスだけはしないように口止めされていたから、ギリギリまではみんなの判断を尊重する事にしていた。
そして、各クラス、各班が明日に備えて休んだ夜明け前。
前回テストの合計点が一番低い班から順に早く目覚めると、教師陣が待つ野営地南のスタート地点に集まっていた。
「班全員、揃っているな? ……それではサバイバル合宿名物『死の行進』、スタート!」
教師の一声で最初にスタートした班は一斉に地図に記された目的地を目指す。
班のリーダーは地図を広げながら先頭を進み、他のメンバーはその後に続くようだ。
どうやら、前日の夜に作戦を練っていたのだろう、誰も戸惑う事なく黙々と歩き始めた。
「打ち合わせ通り、とりあえず中継地点までは、休憩を取らずに進むぞ!」
リーダーがそう宣言するとメンバーも「「「おう!」」」と返事するのであった。
「……やっぱり、早くスタートする班は、先行逃げ切りを目指すみたいだね」
早く目覚めていたリューは同じく早く起きていたリーンに言う。
「でしょうね。ハンデがある分、それを活用するのは当然だもの。狙いは悪くないわ」
リーンがスタートを切った班の当然の作戦をそう評す。
「……ですが、地図が示す安全な道を選んで歩いていては、駄目ですよね?」
リューの護衛役であるスードが、安全な道を選んで進んでいったように見えた班の欠点を指摘する。
「最初のうちはそれでもいいと思うよ。ただし、後半に行くに従い、強引な方法も取らないと一位にはなれないだろうけどね」
リューはスードの指摘に応じつつ独自の見解を示した。
「三人とももう起きているのかよ……。うちは最後なんだからゆっくりしようぜ?」
ランスが起きたばかりなのか、目をこすりながらリュー達に声を掛けてきた。
「そうなんだけどね? 各班の思惑がスタート時点から見れて、楽しいじゃない」
リューはランスに楽しそうに答えた。
「そうなのか? みんな進む方向は同じなんだから一緒じゃないのか?」
とランスは少し興味を持って丁度スタートする次の班に視線を向ける。
「そうでもないみたいよ? 今の班、最初にスタートした班とは違う場所から迷いなく森に入っていったわ。多分、前日からそう決めていたんじゃない?」
今度はリーンがランスに答えた。
「へー……。そうすると俺達はハンデがある分、結構無茶しないといけないよな?」
前日、リューが目的地まで真っ直ぐ行けばいいなどと無茶な事を言ったので、全員でそれを否定したものの、あながち間違っていないのかもしれない。
「みんなおはよう。……どうしたの?」
そこにリズ王女がやってきた。
話を聞いていなかったリズ王女にリューとリーンがまた、同じ事を説明する。
リズ王女はこのミナトミュラー班(成績順でそう決まった)の一人だが、リューとリーンがこの魔境の森に詳しい事から実質班のリーダーはリズ王女であり、最終判断はリズ王女に任せられていた。
「──なるほどね。みんな起こしましょう」
リズ王女はスタート順が回ってくる前に班の全員と最終ミーティングを開く事にするのであった。
「──という事で、他の班の中にもリュー君が提案した無謀な案、『真っ直ぐ進む』を実行しているところもあるみたいです。私達は昨日、地図を分析して進む道を事前に決定はしたけど、他の班の進み方次第では負ける可能性が高いわ。どうしましょうか?」
リズ王女はそう言うと、確認を取る。
「……真っ直ぐと言っても、途中、切り立った崖や魔物の巣、小さい山もあって回避した方が早いところもあるみたいだよ?」
シズが真っ直ぐ進む事の効率性を指摘した。
「自分もシズの指摘通り、効率を考えると避けるのもありだと思うんだが?」
ナジンがシズに賛同するように言う。
「それはどこの班も同じ事を考えるんじゃないか? あとは進む速度次第なところもあるし……。──一番最後にスタートを切る俺達の有利な面は、他の班の初動を観察してそれとは違う行動を決定できることくらいだろう」
イバルがリューが前日言った無謀な案を暗に示唆するように告げる。
「リュー君、リーンさんは口出しする事はできないけど、幸い、班メンバーとしてこちらの判断で手を借りる事は禁止されていません。リーダーである王女殿下の決定があれば、問題ないのですから多少の無茶はできると考えていいと思います。例えば途中の魔物の巣は二人に壊滅してもらうとか……」
兎人族のラーシュはチート的な存在である二人をうまく活用する事を提案した。
「「「ぷっ!」」」
ラーシュの、雇い主であるリューと上司であるリーンを道具のように扱う提案に、班の一同は思わず、噴き出してしまう。
「ラーシュ、容赦ないな!」
ランスが笑いながら応じた。
「いや、確かにそれが一番かもしれない」
とナジンも笑いながら賛成に回る。
「……みんな酷いよ。でも、賛成」
シズも笑いをこらえながら賛成する。
「主を利用するのは不服ですが、班が勝つためなら……賛成です」
護衛役のスードもむっつりしたまま、賛成票を投じた。
「……みんなの僕達の扱いが酷いけど、それが班の決定なら問題ないよ。と言っても、これは班の判断だからみんなにもしっかり働いてもらうけどね」
リューは苦笑しながら同意するも、すぐに不敵な笑みを浮かべて告げた。
「そうね、班の決定なら問題ないわ。私もその決定に従うわ」
リーンは胸を張って班の決定を支持する。
「……それでは、うちの班は目的地まで真っ直ぐ突っ切る事にします」
リズ王女はリューとリーンの扱いが、可笑しくてこらえている状態であったが、それを我慢すると、班のリーダーとして最終決定を下すのであった。