第576話 迫る影ですが何か?
リューは研究開発部門を任せるマッドサインの協力のもと、海賊による王族襲撃事件には軍研究所の技術が使用されていた事をまとめた報告書を王家に提出した。
この内容には、国王以下宰相も文字通り震撼し、すぐに捜査が行われる事になる。
王国騎士団と近衛騎士団が動き、軍研究所に緊急の立ち入り検査の名目で捜査が入った。
「な、何事だ!?」
現在、軍研究所の所長は、マッドサイン辞任後、オクータ男爵が就任している。
そのオクータ男爵は、所長に就任した事で子爵への昇爵が予定されており、バラ色の人生となるはずであったが、この立ち入り検査のせいでその人生も台無しになる事になる。
それは、この捜査ですぐにオクータ男爵による情報漏洩が発覚したからだ。
本人は否定していたが、金庫から情報を売った証拠とも言うべき、帳簿が見つかったのである。
そこには、情報を売った日付と金額が事細かに記載されており、言い逃れができないものであった。
「し、知らない! そんな帳簿を儂は知らないぞ!」
オクータ男爵は終始否定していたが、その話を聞きつけたエラインダー公爵が直接軍研究所に乗り込んできた。
「オクータ男爵、これはどういう事かね?」
エラインダー公爵は、捜査中の近衛騎士団、王国騎士団をかき分けて、オクータ男爵の前に行くと、淡々と追及する。
「公爵様!? いえ、こんな帳簿に記載した覚えはありません!」
「その帳簿とやらがあっては……、な……? ──もちろん、私も君の無実を信じて擁護はするつもりだ。だから……、君も私を信じてくれるな?」
「はい!」
オクータ男爵はエラインダー公爵の言葉で疑惑を晴らしてもらえると思ったのだろう、二つ返事で応じた。
「公爵様、容疑者とこれ以上話すのは……」
近衛騎士の一人が、二人の間に入って、止める。
「ああ、すまない。お騒がせした。私も彼を所長に任命した責任があるからな。協力はする。──それでは私もこれで失礼しよう」
エラインダー公爵はそう告げると、すんなり引いて軍研究所を後にするのであった。
「ふぅ……。バンスカーの尻拭いをするのは初めてだな」
馬車に乗り込んだエラインダ-公爵は、同行していた部下にぼやいてみせた。
「すみません。まさか、襲撃失敗だけでなく証拠になりうるものも回収されていたとは思いませんで……。ボスも自分の失態だと申しておりました」
男はバンスカーの部下なのかそう言うと、上司の代わりに謝罪する。
「それにしても、私が事前に入手した情報だけで、よくあんな帳簿を用意して仕込んでおけたな?」
「うちはその辺りの準備は事前にいくつか用意していますので……」
バンスカーの部下は詳しくは説明せずに答える。
「……オクータ男爵にはすまないが、あいつには今回の泥を被ってもらうしかないな」
エラインダー公爵は切り捨てる事を暗に匂わせる。
そう、オクータ男爵への発言は、彼が余計な事を取り調べで言わないように、助けると匂わせて口止めしたのだ。
もちろん、助ける気は毛頭なく、オクータ男爵は牢屋で自殺を図る事になるだろう。
「そちらについてはお任せします。王都での活動は本来、うちの管轄ではないので」
バンスカーの部下は上司の言葉を代弁して告げる。
「わかっている。──お前達は王都で一切活動をしないのだろう? お陰で私は王都における裏の活動は自前で毎回用意しないといけない。『黒炎の羊』は物足りないし、使えそうだと思っていた『雷蛮会』も消滅。一番大事な王都でばかり苦労をさせられるわ」
エラインダー公爵は不満を漏らす。
「公爵様が王都で準備していた作戦が悉く失敗に終わっていると聞いていましたが、それほど困っておいでですか?」
「……ああ。だから、今、王都の裏社会で一番の勢力になっている『竜星組』とやらを抱き込めないか調査しているところだ。なかなか尻尾を出さないから、話が進んでいないがな」
「『竜星組』……ですか? 西部の『聖銀狼会』の悲願である王都進出を返り討ちにし、東部の『赤竜会』の進出も阻んだそうですから、確かに勢いはありそうですね」
「そのようだな……。その『竜星組』のボスの正体さえわかれば、あとは金でどうにでもなるのだがな。──何か知らないか?」
エラインダー公爵はバンスカーの部下に同じ裏社会の組織の情報を求めた。
「ボスは王都は公爵様に任せて、そこには干渉しない事を徹底していますから、あまり提供できる情報はありません。……ただ、一つ言えるとしたら『竜星組』はマルコという幹部が一切を仕切っており、その上にボスはいないのではないかと思わせています。しかし、うちのボスはもしかしたら王都にいる貴族の誰かがボスではないかと、睨んでいます」
バンスカーの部下は謙遜しつつ、ボスの鋭い考察を披露した。
「王都の貴族だと!? ……いや、なるほど……。確かにそう言われれば、今まで調査しても見つからないのも頷けるな……。気になる貴族には間者を送り込んでいるが、それ以外の者という事になる……。──再度、その線で再調査してみよう」
エラインダー公爵は驚きつつ納得すると、バンスカーの考えに感心して、調査のやり直しをする事にした。
そして当人であるリューの下にはエラインダー公爵の間者であるメイド・ダブラが送り込まれていたが、彼女はすでにアーサによってリューの配下になっていたから間者の用をなしていなかった。
だが、公爵はそうとは知らず、リューを調査の候補から外してしまうのであった。
「悪寒が一瞬走ったのだけど、すぐに嫌な感じが消えた……」
リューはマイスタの街の街長邸で事務処理をしていたが、思わず手を止めてそうつぶやいた。
「また、誰かの恨みでも買ったのかしら?」
リーンがいつもの指摘をする。
「今回はちょっと違う感じかな? もしかして、エラインダー公爵関連かな? 今日、軍研究所に調査が入っているはずだし」
リューは一番心当たりのある事を口にした。
「それならいい事じゃない? もしかしたら誰が情報を流したんだとエラインダー公爵が怒って犯人捜しをしているとかかしら?」
「それが正解なら僕が表舞台から消される日も近いからね?」
リューは苦笑してリーンに冗談っぽく告げる。
だが、実際、エラインダー公爵のこの国における影響力は大きい。
その気になれば、リュー一人消すのは容易かもしれない。
「大丈夫よ。私がついているから」
リーンはいつも通り、リューの従者として根拠のない自信で励ます。
「主、自分もいるので大丈夫ですよ」
護衛役のスードもアピールした。
「ありがとう。でも、一番良いのは身元がバレる前に相手にとどめを刺すことだからね?」
リューはそう言うと不敵に笑うのであった。