第543話 初めての異国ですが何か?
エリザベス第三王女、ヤーボ第三王子親善使節の船団は夜も順調に船旅を続け、丸一日かけて中継島であるファイ島の一つに寄港した。
ファイ島は、五つの小さな島からなる列島で、クレストリア王国をはじめ、ノーエランド王国や周辺海域諸国が保護する中立の島である。
海域諸国にとって、この島は他の国や島に行く為に利便性が高く、昔はこの地を巡って戦争もあったと言うが、現在は周辺諸国の交易中継地点として重要な役割がある事から利害の一致をみて、中立の島として維持されていた。
その為、港は沢山の船が停泊できるだけの整備がきちんとされている。
「辺境にしては立派な港ではないか」
ヤーボ第三王子は、失礼な事をヤミーイ侯爵に言いながら、下船してきた。
王女リズとリュー達はすでに下船してファイ島の島長から挨拶を受けている最中だったから、この発言は島長の耳にも入る。
「はははっ! この島の住人からすると、この島が世界の中心ですよ。この島は周辺海域国家の中継島としての役割を果たしていますからな。ですから他は辺境という事になります」
島長はヤーボ第三王子の失礼発言に笑って冗談を言い返した。
「クレストリア王国を辺境と申すか! 我が国が本気になれば、この島を滅ぼす事も出来るのだぞ!」
ヤミーイ侯爵がその冗談を鵜呑みにして、いきり立つ。
「はははっ、冗談が通じない堅物な方がおられたか、これは失礼した。──現在、この島を寄港地として利用する国は十か国を越えます。この島を滅ぼすという事は、その国々を敵に回すという事になります。私が言うのもなんですが、あなたは貴族として大きな失言をされている事に気づくべきでしょうな」
島長はこの手の脅しは日頃から受けているのか怯む様子は全く無く、ヤミーイ侯爵の失礼な態度に堂々と答えてみせた。
「島長殿、我が国の者が失礼しました。初の海外とあって気が大きくなっているようです。──ヤミーイ侯爵、それ以上の失言はヤーボお兄様の名誉も傷つけるので止めておきなさい」
王女リズはヤーボ第三王子が火に油を注ぐ前に、間に入って謝罪し、止めるのであった。
「エリザベス王女殿下、私も失礼しました。普段、海の荒くれ者ばかり相手にしていると礼儀とはかけ離れてしまいがちなのですよ。重ね重ね申し訳ない」
島長はこの王家代表の少女の器量に、感心したのか素直に謝ると下手に出てくれた。
ヤミーイ侯爵は嫌味の一つでも言おうかと頭を巡らせるのであったが、ヤーボ王子が手でそれを制して止める。
サウシーの港街からずっと、ヤミーイ侯爵には失言が多いと思ったのだろう、あまりしゃべらせない方が良いと考えたようだ。
「それではお互い様という事で、先程のやり取りはなしという事にしましょう。──島長殿、各船の補給をお願いできますかな?」
王女リズ側の代表であるコモーリン侯爵が、場を仕切る為に話した。
王家の人間の失態をこれ以上晒すわけにはいかないし、王女殿下に気を遣わせるのは本意ではないからだ。
「わかりました。コモーリン侯爵殿。ノーエランド王国の使者からお願いされて、準備は整っているので三時間ほどで終わらせます。それまではこちらで食事の手配もしておりますので島の名物料理をお楽しみください。──責任者、早速だが補給を始めてくれ!」
島長は笑顔で答えると、責任者を呼んで命令するのであった。
移動の馬車内。
「あの島長さん、度胸があるし、話が合いそうな人だったなぁ」
リューが感心して同乗している次男ジーロに話す。
リーンは、王女リズの馬車に同乗しているからいない。
「そうだね。あれくらいの度胸がないと、各国の交易船が出入りするこの島の統治は出来ないのかもしれない」
ジーロが応じていると、
「この港街、サウシーの港街とは、雰囲気が全然違うね」
と同じく同乗しているハンナが、母セシルに聞いた。
「あっちののんびりした感じと違って意外に緊張感があるわね。沢山国外の船が停留しているから、その分、気を遣うところなのかもしれないわ」
母セシルは鋭いハンナの指摘を感心して答えた。
「こういう中立の場所は、それに乗じた違法な商売をする人間の温床にもなっている可能性があるからハンナはお母さんから離れるんじゃないぞ?」
リューは前世時代、そう言った海域で密輸などにも関わっていた時期があるので、そう言った類の人間の心理はよくわかる。
海賊が貴族の船を襲って身代金で稼ぐように、こういう島では余所者を誘拐して金にしようと考える者はいてもおかしくない。
特にこんな中立の島なら、余所者はすぐわかる。
誘拐して船で近隣の国に逃げ込む事も可能だから、こういった犯罪は後を絶たないのだ。
「はーい!」
ハンナは大好きな三男兄、リューの注意なので素直に手を挙げて理解を示す。
ちなみに母セシルとハンナにはランドマーク本家から領兵二名が護衛として付いている。
過去にハンナが王都で買い物中迷子になった事があるからだ。
一応、王女リズには近衛騎士の護衛が付いていて、リュー達も親善使節団の一員として近衛騎士から護衛される立場だが、家族の身は関係者で守るのが一番だろう。
こうして、初めての異国の地に到着したリューは家族と共に島長が用意してくれた料亭に向かうのであった。




