第533話 報復も辞さないですが何か?
期末テスト期間中初日の昼過ぎにミナトミュラー商会現場責任者であるノストラの使いがリュー達のいるランドマークビルに報告の為に飛び込んできた。
「それで詳しい状況は?」
リューも襲撃者に驚いてばかりはいられない。
被害が出ているのなら、それに対応しないといけないのだ。
「三台が運搬中、各通りで襲撃に遭い、二台は護衛が撃退しましたが、一台は炎上、食材が駄目になりました。撃退した馬車の方は、付けられた火を鎮火する事を優先したので犯人には逃げられたようです」
ノストラの使いは悔しそうにそう答えた。
「……そっか。馬車には腕利きの護衛が五人一組でちゃんと付いていたんだよね?」
「はい」
「敵の数は?」
「各護衛の話だと、火炎瓶を持った襲撃者がそれぞれ十人ほどずつだったようです……」
「……。──通行人や周辺への被害は?」
「通りを歩いていた親子二人が軽い火傷を負いましたが、すぐにうちの者が駆け付け治療したので大事には至っていません」
リューはここまで冷静に報告を聞いてたが、一般人に怪我人が出たと聞いて初めて険しい表情を浮かべた。
「一般人を巻き込むとは、やってくれたね……。──ノストラに報告を。襲撃犯がどこの手の者か調べ上げろ、と。そして、あちらは一線を越えてきた。こちらも、それなりの対応をするとね」
リューは明らかに怒っているのが伝わってきたのでノストラの使いは震え上がり、
「は、はい!」
とだけ答えると、ミナトミュラー商会仕様の自転車に乗って報告の為にその場をあとにするのであった。
「……リュー、どうするの?」
ずっと黙って聞いていたリーンが初めて口を開く。
「……聞いた通りだよ。犯人がわかり次第、それ相応の報復を行う」
リューはそう答えると自分の怒りを鎮める為に大きく深呼吸するのであった。
アイロマン侯爵は、部下から報告を聞いて驚いていた。
「何? 例のラーメン屋の食材を運ぶ馬車を一台燃やしたから、報酬をくれと騒いでいる、だと?」
アイロマン侯爵は、ミナトミュラー商会が手掛けるラーメンという飲食店が現在王都で大注目を浴びている事に、王都の飲食業界のドンと言われている立場として見過ごすわけにはいかず、鉄板である資金力にものをいわせた手口を使って潰そうと色々動いていたのだが、ことごとく失敗に終わっていた。
お陰で現在、そこに掛かったお金が想定の範囲をはるかに超える多額の赤字になっており、その分の回収の見込みは立っていない。
まあ、アイロマン商会の資金力を考えると、まだ、それでも全然大丈夫と言える額ではあったのだが、それよりも飲食業界のドンとしての自尊心はズタボロであった。
だから、アイロマン侯爵は、ミナトミュラー商会のラーメン屋に少しでもダメージを与えようと、自分の人脈を最大限に駆使し、各方面の大手商会から裏社会の組織に至るまで全てを動かす為にお金をばら撒いていたのだが、そのうちの裏組織が想定範囲外の行動を取ったようだ。
その組織は、王都の裏社会では、まだ、全く名が売れていないが、そのメンバーが元『闇組織』のルッチ派残党と有象無象のチンピラで構成されているらしい『屍』というグループで、王都郊外の周辺で活動しているらしい。
当初は、アイロマン侯爵は王都で一番の勢力を誇る『竜星組』と手を組みたかったのだが、門前払いだった為、その後、『黒炎の羊』に『月下狼』とも接触を試みたがこれも相手にされなかった。
困っていたところに郊外のお店を任せている部下の一人から、この『屍』という組織を紹介されたのだ。
しかし、やり方が頂けない。
自分は王都飲食業界最大の勢力アイロマン商会の会長だ。
王家主催の大きなパーティーには、うちの人材を派遣する事もあるくらい高い評価をされている。
それがよりにもよって、男爵程度の商会が経営しているラーメン屋相手に、食材を運ぶ馬車を襲撃して一台燃やす? あまりに美しくない!
「馬鹿を言うな! 儂はあのラーメン屋を潰す為にやれる事は全てやれとは言ったが、それはあくまで食材の情報を奪う、客が入らないように嫌がらせをする、そして似たお店を作って完全に客を奪い尽くして潰すといった方法だ。誰がそんな一小銅貨にもならない事をしろと言ったんだ!」
アイロマン侯爵は、自分の名誉に関わる事にもなるので、知名度ゼロの『屍』というグループの手口を非難した。
「ですが、すでにやってしまった事なので、さっさと報酬を払ってしまって、これ以上騒がれ注目されないようにしないと問題になるのでは……」
部下は上司と雇った組織との板挟みになって困りながら、汗を拭いて答えた。
「その組織は二度と使うな! この事が表沙汰になって見ろ! いくら資金があっても犯罪を行った商会は信用を失うのだぞ! それだけは避けないといけない!」
アイロマン侯爵はそう部下に命じると、引き出しからお金の入った革袋を出して、ポンと部下に投げつける。
部下はホッと安堵するとその袋を持って出て行くのであった。
その日の夕方、テスト勉強もままならない状態でランドマークビルには何度もリューへ報告する部下がひっきりなしに出入りしていた。
「ノストラからまた報告よ」
リーンが使いから手紙を受け取ると勉強中のリューにそれを渡す。
「……アイロマン商会の店先でチンピラが報酬を払えと騒いでいたので、そのチンピラの人相を襲撃時に居合わせた護衛に確認させたところ、一致した、か……。やっぱり、アイロマン商会だったかぁ……。でもこんな手荒い手口でくるとは、ね……」
時間が経過して少し冷静になっていたリューは、大商会らしくない手口に少し疑問を持つのであったが、気を取り直して続けた。
「手始めに、その雇った連中の拠点を潰して、カタギを巻き込んだ事を後悔させ、雇ったアイロマン商会にも警告しておこう。襲撃犯は警備隊に突き出してアイロマン商会の今回の行いを白日の下に晒すからやらないでね? ──それで、うちに手を出したグループってどこなの?」
「まだ、よくわかっていませんが、そのチンピラがアイロマン商会の店先で口走っていたのは『カバネ』を舐めるな!……らしいので、多分、『カバネ』かと……」
ノストラの使いも確定していない情報なので、自信なさげに答えた。
「「『カバネ』?」」
リューとリーンも聞かない名前に首を傾げる。
「まだ組織として出来立ての小さいところかな? 名前を売る為に無茶した感じっぽいね。やってる事がとても粗いし」
リューもあまり情報がなさ過ぎてそれくらいしか判断できないのであったが、このグループが新しい形態の組織である事には気づけないのであった。