第478話 思惑通りですが何か?
コーエン男爵のところと部下同士の腕比べをした翌日の夕方。
学校帰りにリュー達が『次元回廊』でコーエン領都に置いた『竜星組』拠点に顔を出すと、ミゲルがすぐに出迎えてきた。
「若様、今日の昼、コーエン男爵の『蒼亀組』のところに、『黒虎一家』から『赤竜会』の情報が持ち込まれました」
「それで?」
リューは驚く事なく確認を取る。
「『赤竜会』が『蒼亀組』の本拠地を襲撃する計画が上がっているから、それを逆手に取って、力を合わせて返り討ちにしよう、というものらしいです」
ミゲルはその日の内にコーエン男爵側から報告を受けていたので、リューにそのまま伝えた。
「……ここまでは予想通りだね。──それで『蒼亀組』として返答はしたの?」
「いえ、使者には一旦宿に泊まってもらって、明日返答するとか」
「それじゃあ、僕はコーエン男爵に会いに行こうか。思ったより、あちらの動きも早いし」
リューはそう告げるとリーンを連れて馬車に乗り込み、コーエン男爵の邸宅へと赴くのであった。
「ミナトミュラー男爵、連日の来訪痛み入る。早速だが──」
コーエン男爵は寄り親であるサクソン侯爵領都にある『蒼亀組』支部(表向きは本部扱いになっている)に、『黒虎一家』からの連絡があった事をリューは改めて聞いた。
「あちらは『赤竜会』を返り討ちにする為に自分達も兵隊を出すと申し出ていますが、その打ち合わせの為に『黒虎一家』から副家長を寄越すので、『蒼亀組』組長と腹を割って話をしておきたいと提案されています」
コーエン男爵は全く乗り気がない様子で答えた。
それもそうだろう。
『蒼亀組』はボスの名はおろか顔も上層部以外知られていない。
それを知っている上層部もボスに会う事はほぼない。その為、他所の組織からは、本当にボスがいるのかわからない事から、頭の無い亀と揶揄される事も多いのだ。
だが、そのお陰でコーエン男爵は、表向きでは堂々とサクソン侯爵の与力として支えていたし、裏では東部の新勢力としてその地位を確立している。
だから、『黒虎一家』の申し出はその優位性を放棄させるものであり、了承できるものではない。
それにあちらは『黒虎一家』のナンバー2なのに対し、こちらにはコーエン男爵自身に出てきてもらうという条件も、格の差の扱いを受けている事になるから失礼極まりない。
「あちらは格の違いを示しつつ、緊急性の高い情報を持ち込む事で、こちらの危機感を煽ってお互いの立ち位置を鮮明にする姿勢を取っています。さらに問題点をそこに集約する事で真の狙いを巧妙に隠すつもりなのだと思います」
リューはすでに『赤竜会』と『黒虎一家』で打ち合わせが済んでいるようだとこの事から理解した。
「なるほど……。うちが対等な同盟なのだからそっちもボスを出せと言わせて、それを話の焦点にしつつ、『蒼亀組』本拠地が大規模襲撃されるという緊急事態である事を煽ってこちらの冷静な判断を奪い、自分達の真の狙いである裏切りを確実に成功させようとしていると」
「はい。さらに『蒼亀組』のボスの正体がわかれば、あちらの作戦は完璧になります」
「……二重三重にあちらは用意周到な作戦を練っているわけですか。うちはどちらにせよ、『黒虎一家』に裏切られれば、あの『赤竜会』と二組織同時に相手しても勝てません」
「確かにその通りです。『蒼亀組』を潰すなら、二つの組織で確実に正面から物量で潰せばよかったのです。でも、あちらは勝負を急いで小細工を打ちました。それはきっと王都進出の野望があるので、『蒼亀組』との勝負を早々に終わらせたかったのでしょう。あちらに知恵者がいるのは理解出来ましたが、少々狙い過ぎです」
リューは『赤竜会』の狙いを正確に捉えていた。
それと同時に『赤竜会』には相当な知恵者がいる事もわかったから、今回の相手の策を確実に且つ徹底的に叩き潰し、大きなダメージを与える必要がある。
さらにはそれにより、『黒虎一家』に再び『赤竜会』を裏切らせる、もしくは裏切ったと『赤竜会』に思わせる必要もあるから大変だ。
「我々は何を準備すれば?」
コーエン男爵は『蒼亀組』が参考にした『闇組織』を潰し、王都で最大勢力にした『竜星組』の組長リューに全幅の信頼を寄せて質問する。
「もちろん敵に襲ってもらう為の『本拠点』と、コーエン男爵の代わりとなる影武者。そして、それらの情報を近くに潜伏して心待ちにしているであろう『赤竜会』の実行部隊を迎え撃つ為の戦力。あとは罠に嵌まった事になるこちらを背後から襲ってくるつもりでいるだろう『黒虎一家』に教育的指導をする者が必要です」
リューは相手の行動が手に取るようにわかるのかスラスラとコーエン男爵の疑問に答えていく。
「……(ゴクリ)。『蒼亀組』組長(偽)が忍ぶ仮拠点は相手が想像できる範囲という事でサクソン侯爵領郊外にある元商家の別荘を買い取り、それっぽく仕立てて準備しています。あとは兵隊も、精鋭を密かに呼び寄せて周辺の各事務所に詰めさせ、いつでも動けるようにしてあります。ですが、二勢力を相手にとなると数が心許ないのも事実です」
「……その事なんですが、『赤竜会』の仮拠点襲撃に対応する兵隊はうちの者だけで結構です」
「え?」
『赤竜会』はこの襲撃を必ず成功させる為に、ここぞとばかりに虎の子の兵隊を準備しているだろうから、それを迎え撃つ為の兵隊が一番相当な数の精鋭が必要なはずである。
だからこれにはコーエン男爵も思わず聞き返した。
「『蒼亀組』には、サクソン侯爵領都にある偽の本拠点に、敵の策に乗ったつもりで詰めてもらいます」
「偽の本拠点に敵は襲ってこないので兵隊を集結させても意味がないのでは?」
「はい、敵の本命は当然ながら、『蒼亀組』組長がいる仮拠点の襲撃です。そこが用意して頂いた元商家の家になります。そこは僕達に任せてください。慣れない人がいると巻き込む恐れがあるので」
「巻き込む?」
「はい。それはまあ、また、打ち合わせするとして……、そこで『赤竜会』の主力を殲滅しますので、事後処理はお願いします」
「は、はい……。殲滅ですか? それができるならもちろん結構ですが……」
コーエン男爵は納得がいっていないようだが、後日の説明で納得する事になる。
「あとはサクソン侯爵領都拠点で待機する『蒼亀組』と、裏切った『黒虎一家』の用意した兵隊のみになるので、そちらの対応はお願いできますか? もちろん、うちからも部下は付けますが」
「……わかりました。それでは具体的に詰めた話は、『黒虎一家』との交渉後に」
コーエン男爵はリューの深謀遠慮の策の全体像がまだ把握できないまま、リューとの会談を終わらせるのであった。