422話 女の決闘ですが何か?
翌日の放課後。
王都の大貴族が多く住む一等地がある。
その中でも、ひと際大きな屋敷と広大な敷地を占める一角が、サムスギン辺境伯邸だ。
そこに学園の一年生、そして二年生の生徒達が続々と集まっていた。
「北部派閥の大貴族様の屋敷は大きいな!」
「こんな事でもないと、これないよね!」
「うわ!離れの物置小屋だけでうちより大きい!」
普通クラスの生徒達は大貴族の王都屋敷にこられただけでも大喜びである。
そして、広い中庭では、決闘が行われる中央を取り囲むように今か今かと待っていた。
「みんな他人事だと思って楽しんでるな」
ナジンがシズと王女リズの観戦場所を確保しながら、生徒達の反応にそうぼやいた。
「こういうのは娯楽になるからな。リューはチャンスとばかりに屋台を出したかったんじゃないか?」
今日は南部地方に行く予定をキャンセルして見物に回っていたイバルが、肩を竦めて応じる。
「……リュー君ならあり得る」
シズがイバルの言葉に反応した。
「それにしても、リズまで来て良かったのか?」
ナジンが、王女リズまで観戦する事態になっている事を指摘した。
「私が見届けないと、結果次第では、今後の関係も悪化しかねないでしょ?」
王女リズがそう答えるという事は、リューと勇者の関係悪化は王家も望むところではないという事だろう。
「リューの立ち位置はこれからも変わらないと思うが、勇者側のリューに対する誤解が解けない事には悪化する可能性は高いと思うぞ?」
イバルが、もっとも可能性が高い事を指摘した。
「だからこそ私が勝敗を見届けて禍根を残さないようにしないといけないわ」
王女リズは、真面目な表情で答えた。
王女リズの言う通り、王立学園で男爵二人にものが言えるのは、爵位持ちの教師陣か王女リズくらいだ。
だがその教師陣も今回は貴族同士による校外での決闘だから口を出せないだろう。
そうなると見届け人として王女リズが同行し、揉めないように間に入って裁くしかない。
そこへ、人混みが割れるように道が開いた。
今回の主役である獅子人族のライハート伯爵家令嬢レオーナだ。
その後ろには勇者エクス・カリバール男爵とルーク・サムスギン、エミリー・オチメラルダが付いて来ている。
しばらくすると、その反対側の人混みも割れ、そこからリーンを先頭にリューと護衛役のスード・バトラーが現れた。
両者は対峙すると、火花を散らす。
「遅いから逃げたと思ったぞ」
ルーク・サムスギンが相手を怒らせる為か盛り上げる為か挑発してきた。
「今日はそちらに謝罪させる為に来たんだから逃げる必要なんてないわ。それにそんなせっかちな子は女の子に嫌われるわよ?」
リーンはルークの言葉に応じると、逆に注意した。
「ルーク、決闘前の相手を挑発するのは止めないか。レオーナ嬢の勝利にも傷がつく」
勇者エクスは親友の行為を注意しつつ、レオーナの勝利を疑わないようだ。
「どちらが勝つと思う?」
「もちろん、獅子人族のレオーナ嬢でしょ?だって相手はエルフよ。弓矢勝負ならあっちに分があるでしょうけど、剣なら『剣豪』持ちのレオーナ嬢が負けるわけがないわ」
「そうよね。勇者様の次に私達一年生の中で一番強いもの。絶対負けないわよね」
一年生のギャラリーは大方はそんなわけでレオーナ嬢の圧勝という予想であった。
二年生も実際のところ、一年生のレオーナ嬢については、獅子人族である事、『剣豪』スキルの持ち主である事、そしてなにより北部一の武家であるライハート伯爵家の令嬢である事から、自分達のアイドルであるリーンをもってしても苦戦は避けられないのではないかと睨んでいた。
だから、それを口にする事は憚られ、二年生ギャラリーの間では異様な沈黙が訪れていた。
「ふん。ギャラリーの間で勝敗は着いているみたいだが、降参してもいいんだぞ?」
ルーク・サムスギンは、勇者エクスの顔を立てて今度は寛容に降参を促す。
「勝てるとわかっていて負けを認める馬鹿がどこにいるの?」
リーンは強気にそう答えた。
そして、両者の傍に用意された武器を一瞥して、リーンは刀に近い形状のものを手にする。
武器に関して、こちらから希望の形状の武器を用意するようにリクエストしていたのだ。
「大量生産の上に刃が潰れているから鉄の棒と変わらないわね」
リーンはミナトミュラー家の製造部門ならもっと良いものを用意できるのにと、溜息を吐くと一度振って感触を確認した。
それはレオーナも同じで用意された長剣の刃が潰されたものを手にして確認する。
「それでは、そろそろいいかな。今回は王女殿下が立会人の正式な決闘だ。勝敗について、両者は後からケチをつけないように。──それでは王女殿下、一言お願いします」
ルーク・サムスギンはその場を仕切ると、王女リズに開始の合図を促した。
「それでは、──始め!」
王女リズの開始と共に、レオーナ嬢は前回同様、各種身体強化を同時に発動させた。
リーンはというと、レオーナ嬢が向かってくるのを待っているようだ。
「先手必勝!」
レオーナ嬢は、普段の冷静な感じからは想像できない気合の入った一言を口走ってリーンに斬りかかった。
リーンは、刀型の武器を鞘にさしたまま、抜く事なくその攻撃をひらりと躱した。
レオーナ嬢の上段からの渾身の一振りは地面の石畳を砕いた。
「す、すげぇ!」
「刃が付いていないのにあの威力かよ!?」
「あんなの食らったら死んじまう!」
ギャラリーはレオーナ嬢の一振りにリーンの劣勢を危ぶんだ。
レオーナ嬢の攻撃は次から次に繰り出される。
一見するとリーンに刀を抜かせる暇も与えない激しい攻撃に映った。
「……確かにリューが言う通り強いわ」
リーンが、感心したようにレオーナ嬢の攻撃を躱しながら評価する。
そして、続ける。
「──でも、リューと私はもっと強いわよ?」
リーンはそう宣告すると、レオーナ嬢の攻撃の合間を縫って、刀を目にも止まらぬ速さで抜くとその一振りでレオーナ嬢の胴をしたたかに打ち据えた。
「ぐっ!」
レオーナ嬢は痛みに一瞬顔を歪める。
ギャラリーからも、悲鳴が上がった。
それでも、レオーナ嬢は攻撃の手を休めない。
リーンは、またも、感心した表情を浮かべると、今度はまた、レオーナ嬢の右肩を突いた。
これにはレオーナ嬢も痛みに長剣を握っていた手を離した。
だが、左手は長剣から手を離さず、片手一本でリーンを力任せに横に薙いだ。
「その一振りは駄目よ」
リーンは踏み込んでレオーナ嬢との距離を詰め懐に入ると、長剣を握っていた左手を打ち据え、長剣を落とさせた。
そして、レオーナ嬢の足を刈るとその場に倒し、刀の先端を突き付けて勝負を決するのであった。




