401話 短刀の威力ですが何か?
獅子族は高い身体能力を誇る。
そんな獅子族を代表するのがライハート伯爵家である。
元々は南部出身の一族だったそうだが、大昔、王族の覇権争いで敗れた側の矢面に立っていた事から降爵させられ、北部に転封されたと言われている。
その後、名誉回復を目指して国の為に働き続け、伯爵にまで地位を回復させたという実績のある家だ。
ライハート家はすでに信用を勝ち取り王家に対し忠誠心は高いと言われている。
そんなライハート伯爵家の令嬢レオーナは、背の高い橙色の髪に水色の目の女性で寡黙な雰囲気を持つ。
食堂の傍の空きスペースで、そのレオーナとリューは対峙していた。
食堂の窓という窓、扉は開け放たれ、二年生連中がこの様子を野次馬よろしく見物する状況になっていた。
見物人の視線が集まる中、ライハート伯爵家のレオーナ嬢が、腰の小さいポシェットからその大きさに反した剣を取り出した。
どうやらマジック収納付きのポシェットのようだ。
それだけで、見物人達からは「おお!」という声が起きる。
マジック収納付きの魔道具はそれだけで高くて貴重な代物だ。
それを持っているという事は、裕福である事を示す。
当然ライハート伯爵家は北部貴族では有名な家柄であるから、これくらいは当然なのだろうが、それと同時に相当裕福という事だろう。
レオーナが取り出した長剣は刃が付いている本物であった。
どうやら王女リズに献上するお菓子を掛けたお遊びの決闘のはずだが、やる内容については本気のようだ。
「……木剣じゃないの?実剣だと怪我人が出ると思うけど」
リューは念の為、確認した。
「これはこれは……、ミナトミュラー男爵殿を少し驚かせましたか?北部で決闘と言ったら本物の剣で行うものなのですが……、どうなされます?」
サムスギン辺境伯の子息ルークが自分達は実戦経験豊かだとばかりに丁寧ながら煽ってくる。
「別にいいけど……。見たところ、レオーナ嬢はかなりの実力者の様子。手に持っている剣も相当な業物でしょ?こちらもそれに対してそれ相応の対応をしないと失礼になるからなぁ。リズに食べさせるお菓子一つでここまでやる必要ある?」
リューとしては、穏便に済ませたいところだ。
北部貴族とバチバチにやり合うメリットがない。
木剣による軽い決闘なら、まだ、色々と理由も付けられるが、かなりの本気が伺い知れる本物の剣、それも業物まで出されては、こちらもミナトミュラー家の看板を背負っている身として本気でいくしかない。
そうなると、学校側にも、また一年の時同様、怒られるのは間違いなさそうだ。
「負けを認めるのなら、レオーナに剣を納めさせますが、どうしますか?」
サムスギン辺境伯の子息ルークは、どうやらここまで筋書き通りだったようだ。
つまり、北部貴族の武闘派っぷりを王女リズにアピールし、さらにリューに対して厳しい牽制をする事が目的だったのだろう。
それでいて、レオーナという万が一勝負になっても負けない手札を切っている。
どう転んでもリューを追い詰める策だったようだ。
「じゃあ、恨みっこ無しでお願いね?」
リューはそう答えると、マジック収納から短刀を取り出した。
前世で言うところのドスである。
そして、現在、リューが所有する最高の業物であり、王家から下賜された国宝級の聖剣「国守雷切」の上位互換である。
リューはこのドスに「異世雷光」と名付けている。
「そんな短い刃物で本当に大丈夫ですか?レオーナの剣は北部の有名鍛冶師が打った逸品の長剣です。そんなものだと一振りでも防ぐのが難しいと思いますが」
サムスギン辺境伯の子息ルークもリューの手にした短刀には、さすがに拍子抜けして忠告した。
「大丈夫。これが僕の本気だから」
リューは自然体でその場に立ち、レオーナに対峙した。
レオーナに油断する気配はなく、ルークに対し、始めるように頷いた。
「この決闘で勝負がついても双方、後から文句を言う事が無いようにお願いしますよ?──それでは、始め!」
ルークの開始と同時に、レオーナは準備していたのか複数の身体強化魔法を発動した。
彼女は武人として相当まじめなのか一切の油断もなく準備万端である。
そして、リューには同じ身体強化魔法を使わせる時間を与えないと判断したのか間髪を入れず無言で斬りかかった。
リューはその姿にレオーナに対して好感を持った。
彼女は剣士として、武人として勝つ事に全力を尽くすタイプと見て取ったからだ。
そしてここまでの動きから、その剣の腕は相当なレベルかもしれないと推し量った。
そんなレオーナはリューを正面から駆け引き無しで単純ながらもっとも威力のある上段からの一振りで一刀両断にしてきた。
リューもそれを正面から自慢のドス、「異世雷光」でそのレオーナ渾身の一撃を受け止める。
その瞬間だった。
長剣と短刀が接触した瞬間、稲妻が走る。
「きゃー!」
とレオーナが悲鳴を上げると、体から放電と煙を出してその場に倒れた。
周囲には焦げた臭いが漂い始めた。
レオーナは高圧の電流に感電した状態である。
「なっ!?」
それまで冷静に何も言わず、見つめていた勇者エクスが、信じられないという風にこの光景に声を上げた。
それは審判役だったサムスギン辺境伯の子息ルークも同じで、
「な、何をした!?」
と、リューを指差して指摘した。
ルークは続ける。
「ズルをしたな、ミナトミュラー男爵!?そうじゃないと『剣豪』のレオーナが一瞬で負けるはずがない!」
リューはルークの言葉に反応する事無く、マジック収納からポーションを取り出すとレオーナにすぐかけて治療する。
リーンも駆け寄っていち早く治癒魔法を唱えて治療し始めた。
オチメラルダ公爵家の令嬢エミリーも少し遅れてレオーナに駆け寄り治療を始める。
「これで……、勝負ありかな?」
リューはレオーナの治療をし終わったところで、ようやくルークに対して勝敗の確認をした。
「……ミナトミュラー男爵、彼女に何をした……?」
勇者エクスが鋭い眼差しでリューを睨む。
「何って、彼女の攻撃を短刀で防いだだけですよ、カリバール男爵。それより勝敗はつきました。もういいですよね?」
リューは短刀をマジック収納にしまう。
「あの雷撃は私の魔法『対撃万雷』を模したものに映りました。それを使えるのは勇者の私以外にあり得ないはず……」
え?そうなの?僕の短刀『異世雷光』には標準装備してあるんだけど……。
リューは研究部門責任者マッドサインが改めてとんでもない仕事をしてくれたみたいだと内心苦笑しつつ、
「カリバール男爵。雷魔法は勇者が得意とするところでしょうが、他の人が誰も使えないわけではない。慢心による決めつけは視野を狭くしますよ」
と、もっともらしい理由で指摘して格好をつけると、本当は短刀に自分が魔力を大量に注いで発動した属性魔法についての事を有耶無耶にするのであった。