383話 お互いの立場ですが何か?
新学期初日は始業式だから、あっという間に予定の行事を終えた放課後。
そのタイミングと同時に、リューはラーシュに声を掛けた。
「ラーシュさん、ちょっといい?」
「……すみません。色々と関りを持つ相手は気を付けないといけない立場なので……」
兎人族のラーシュは明らかにリューを裏社会の関係者とわかっているようだ。
それもそのはず、リューとラーシュは竜星組と聖銀狼会の手打ち式でリューはマルコの小間使いとして、ラーシュは参謀役としてお互いを確認している。
ラーシュは聖銀狼会の重要人物だったが、リュー達に捕縛され命を助けてもらう代わりに聖銀狼会との関りを完全に断つ事を約束させられて足を洗っていたから、そういった関係者との関り自体も避けているのだった。
約束以外でのそういった個人的な事情を知らないリューは、不味い相手が学園にやって来たと、これが意図的なのかそれとも偶然なのか確認をしたいのだった。
「えっと……、君は、……抜けたんだよね?」
リューは何がとは言わない。
ラーシュの反応を見るに、あちらも触れられたくない雰囲気をビンビンに出していたからだ。
「……はい。ですから、今は、一流の商人を目指して勉強するなら一番の学校でと思い、こちらに来ました。……が、失敗だったみたいです」
ラーシュは王国一の学校なら暗い過去と関わる人はいないだろうと思ったようだ。
しかし、竜星組の大幹部マルコの小間使い(リュー)が王立学園の生徒だったのだから、これにはラーシュも計算外だった。
「……あはは。まぁ、因縁はどうあれ、過去の事を持ち出す気はないし、君が新たな人生を歩もうとしている事に邪魔立てする気も無いから安心して。あとはお互い、その話は持ち出さないという事で」
リューは敢えて、自分も触れられたくないという空気を出す事にした。
ラーシュだけ弱みを握られたという状況にしたくなかったのだ。
「……いいのですか?そちらは勝ち組です。脅す事も……」
ラーシュは苦渋の選択を迫られている様に顔をしかめて答えた。
「止めてよ。そんなつもり全くないから。僕も学校生活楽しんでいるんだから、人をそういう目で見ないで。僕もそういう目では見ないからさ」
「そうよ。うちのリューがそんなせこい真似するわけないでしょ」
傍で話を聞いていたリーンが、ラーシュに注意した。
「そうです。主はそんな卑怯者ではありません」
スードもラーシュの思い違いを指摘した。
「……わかった。じゃあ、私も普通に学校生活を送ってもいいのかな?」
「もちろんだよ」
リューが快く頷く。
「どうしたんだ?みんな、その編入生と知り合いなのか?」
ランスが、そこに会話に入って来た。
「いや、知り合ったばかりなんだけど、西部地方から来ているから、わからない事があるだろうから、その時は聞いてね?って話をしてたんだ」
リューが咄嗟に嘘を吐く。
「そっか。名前、ラーシュだったっけ?──俺達左隅っこグループに入るか?席もスードの隣だしさ」
ランスが気楽に誘った。
「ランス、本人の都合もあるだろし、そういうのはみんなの確認も大事だぞ。リズもいるんだから」
イバルが、ランスに軽く注意した。
そう、隅っこグループには今や、王女リズがメンバーとして入っているのだ。
そこにはやはり信頼できる者のみで固める必要性がある。
そうでないと王女付きの使用人や護衛も困るというものだろう。
「あははっ!そうだった。──まぁ、でも、悪い奴には見えないし、これから仲良くしていけばいいさ。気長に行こうぜ」
ランスはイバルの注意を笑って受け流し、ラーシュに声を掛けると先に帰宅していくのであった。
王女リズと、シズ、ナジンは三人で話していたが、こちらにやってきた。
「さっきのがランス・ボジーンで、こちらが、シズ・ラソーエとナジン・マーモルン。そして──」
リューが大切な友人達を紹介していく。
「──エリザベス王女殿下ですね?寮生の間でもその評判は耳にしています。初めまして、ラーシュといいます。西部地方から来た平民ですが、これからよろしくお願いします」
ラーシュは雰囲気で何となく察していたのだろう。
王女リズに恭しく挨拶した。
「学校内でそういう堅苦しいのは無しでいいのよ。──それだとそこのリュー君も今や、ミナトミュラー男爵だしね」
王女リズは「ふふふっ」と、微笑むと何気に誰も知らない情報を告げた。
「「え!?」」
シズとナジンは初耳だったので、耳を疑った。
「いつの間に男爵になったんだ、リュー!?」
ナジンがリューに詰問する。
「……全然聞いてないよ?」
シズも不服そうに頬を膨らませると不満げに漏らした。
「ああ、ごめん、ごめん。二日前に昇爵したばかりだから伝える機会無かったんだよ」
リューは苦笑して二人を宥めた。
「だ、男爵……!?」
ラーシュは裏社会の大組織の幹部の小間使いが男爵という肩書を持っている事に度肝を抜かれた。
もちろん、リューは小間使いではないのだが、ラーシュはそこで一つの答えに行きついた。
自分と同じ様に、実は組織上層部の近親者なのではないかと。
「ラーシュさん?(……変な想像されている気がするけど、ここでは否定もできないしなぁ……)」
リューは、まじまじと自分を見つめる、この兎人族であり聖銀狼会会長の孫であるラーシュの誤解は今は解かない方がいいのかもしれない、と考え直すのであった。




