295話 異例ですが何か?
リューは早速動き始めた。
というより仕込んでいたものを動かす事にしたというべきか。
ミナトミュラー商会の酒造部門は、一等級の許可証を得た事で、酒造ギルドの幹部入りが自動的に決定している。
酒造ギルドは、準男爵であるリューのミナトミュラー商会が幹部になる事だけでも屈辱的であったが、だがそこはまだ、製造施設規模も小さく、まだ、脅威にはならないと思っていた。
実際、一等級の許可証を発行する際にも使節を送ってその確認、再調査も行っていたのだ。
だが、突然、ミナトミュラー商会が、謎の密造酒銘柄である『ドラスタ』を製造する酒造商会を傘下に入れた事を宣言した。
現在、王都内でボッチーノを抜いて、一番のシェアを誇っていた『ドラスタ』を傘下に入れるという事は、名実ともに王都で一番の酒造商会という事になる。
「そ、そんな馬鹿な!?準男爵如きの商会が、我がボッチーノ酒造商会よりも上になるなどありえない!これは、いかんぞ!絶対に認められない!」
ボッチーノ侯爵は、愕然としながら、事実を否定する態度を取った。
酒造ギルドの副会長であるヨイドレン侯爵も同意見で、根拠のない陰謀論を唱え始めた。
その内容は、ミナトミュラー商会が、第三国から差し向けられた商会で、王都のお酒にダメージを与えて国内から瓦解させようと目論んでいるという荒唐無稽なものであった。
まあ、リューが計った策略なのは確かであったが、この陰謀論はもちろん相手にされなかった。
そして、緊急の幹部会が行われる事になった。
会長のボッチーノ侯爵と副会長のヨイドレン侯爵は、ミナトミュラー準男爵の不正を追及するのが目的であったが、リューの方でも、ある目的の為に緊急幹部会の招集に賛同して参加した。
「今回、緊急幹部会を招集したのは、ミナトミュラー商会における陰謀があったと思われるからである!一等級の許可証を私の温情で与えたら、急に、憎き密造酒銘柄『ドラスタ』の製造元を傘下に入れるなどタイミングが良すぎる!これは、完全に背後で暗躍していたとしか思えない!私はここに、ミナトミュラー商会の酒造ギルドからの永久追放と共に、大きな犯罪の可能性から騎士団に突き出すべきだと思う。皆の者もそう思うであろう!?」
会長のボッチーノは開口一番、そう宣言し、幹部連中に賛同する事を求めた。
「ボッチーノ会長の言う通りだ!これは、陰謀だ、それ以外考えられぬ!我々は酒造ギルドの未来を守らねばならない!」
副会長であるヨイドレン侯爵もすぐに賛同した。
「ちょっとよろしいですかな?」
そこへ、古参の幹部であるメーテイン伯爵が、手を挙げた。
「どうした、メーテイン伯爵?」
ボッチーノ侯爵は、自分の意見に賛同するであろう伯爵に、発言する事を認めた。
「実は私の元に、会長と副会長が酒造ギルドを私物化していたという証拠が届いておりましてな。他の幹部のみなさんともその内容について精査した結果、どうやら事実で間違いないという結論に至りました」
「「え?」」
ボッチーノ侯爵とヨイドレン侯爵の二人は寝耳に水という表情で聞き返した。
「今から、ボッチーノ会長とヨイドレン副会長の任を解くと共に、これらの証拠を持って騎士団にお二人を訴える決議を行いたいと思います」
メーテイン伯爵は、淡々とそう告げた。
「賛成です」
ここで初めてずっと静かにしていたリューが、手を上げて発言した。
「ちょ、ちょっと待たぬか!今、我々は、この小僧の永久追放について話し合いを行っていたのではないか!?」
「お二人の意見には根拠となる証拠がなく議論するに値しないと思われます」
メーテイン伯爵は、そう切って捨てる様に告げた。
そして続ける。
「それよりも今は、酒造ギルドの信用を取り戻す為にも、ギルド内の不正を正して、新たな体制作りをする事が求められていると思いますが、みなさんどう思いますかな?」
他の幹部達は、息を呑んだ。
これまで、ボッチーノ、ヨイドレン体制の中、何も言えずに唯々諾々と従ってお酒を造って来ていた。
それが普通になっていたし、そうする事で、利益を得てきたのだ。
それが、今、古参の幹部であるメーテイン伯爵と、新参者であるミナトミュラー準男爵が、ボッチーノ、ヨイドレン両侯爵に嚙みついている。
それも、証拠を持ってだ。
幹部会前に、実際、その証拠について、不正の事実があった事は確認している。
なんとなくやっているのだろうなとは思っていたが、証拠の書類を見せられて、やはりな!と納得してる自分がいた。
これは、酒造ギルドが変わる時なのかもしれない!
「……賛成です。不正は明らかであり、責任を取って貰わなければいけないと思う」
一人の幹部が挙手して、発言した。
すると、次々に幹部達が挙手する。
「賛成!」
「責任は重い。会長と副会長の解任を要求する!」
「今こそ、変わるべき時だ!」
会長と副会長を除く、幹部達は全員賛同した。
「ボッチーノ侯爵、ヨイドレン侯爵。幹部会全員の賛同を得られたようなので、ここに解任を決定します。そして、この証拠を持って騎士団へ被害届を出す事にします。お二人は、陛下への弁明の為にも、もっともな言い訳を考えておいた方が良いでしょうな」
メーテイン伯爵は、両侯爵に宣告するのであった。
「ぐぬぬ……!貴様ら我々は侯爵だぞ!それに、誰のお陰でここまでギルドを大きくして利益を得てきたと思っている!ただで済むと思っているのか!」
ボッチーノ侯爵は顔を真っ赤にして吠えた。
「ボッチーノ侯爵、あなたの最大にして唯一の利権がこの酒造ギルドにおけるものだった事は調べが付いています。それが無くなった今、誰もあなたに怯える者はいませんよ。ましてや、その侯爵の地位も安泰と思っておられるのですか?脅す前に自分の心配をした方が良いですよ」
リューが、立ち上がると、ここぞとばかりに発言した。
「!──くそっ!準男爵風情が舐めた口をきくな!」
ボッチーノ侯爵は、怒りに身を震わせながら言い返した。
それとは対照的にリューの言葉に、ヨイドレン侯爵の顔は青ざめている。
「その準男爵の商会にあなたは負けたのですよ、ボッチーノ侯爵。あなたはいろんなところから恨みを買っているみたいですね。これまではその地位と権力を恐れてみなが手を出せずにいたのでしょうが、それを失った今、あなたの身は危険かもしれません。夜道には気を付けた方が良いですよ?」
リューが指摘すると、ボッチーノもさすがに状況がやっと見えてきたのか顔を青ざめさせた。
思い当たる節が沢山あるのだろう。
両侯爵は、こうしてはいられないと、慌てて部屋を飛び出すと馬車に乗り込み、真っ直ぐに自分の屋敷に戻ると、身を潜める事になるのであった。
「それでは、みなさん。僕は新会長にメーテイン伯爵を推薦します」
最早、王都でトップのシェアを持つ酒造商会の会長であるミナトミュラー準男爵の発言に反対する者はいなかった。
逆に、自分が会長に名乗り出ない事に驚く幹部もいたくらいである。
その謙虚な姿勢に幹部達も好感を持ち始めた。
「それでは、副会長にはミナトミュラー準男爵を推したいのだが?」
幹部の一人が提案した。
「賛成だ。私もそれが良いと思う」
会長に推薦されたメーテイン伯爵も賛成すると、全会一致でリューは異例であるが、幹部就任数日で、さらには準男爵でありながら、酒造ギルドの副会長に推薦される事になったのであった。




