234話 準決勝ですが何か?
休憩時間が終わり、リューとバトラー、リーンとイバルの準決勝が行われる事になった。
今や、三年生や二年生の準決勝戦よりも、一年生の準決勝戦に注目が集まっていた。
何しろ無難ながら成績優秀者として勝ち進んできたリューと、準々決勝で激闘を制して勝ち進んできた優勝候補のバトラーの戦いと、こちらは誰もが口にしないが元エラインダー公爵家の嫡男であったイバルと、エルフの英雄リンデスの娘であり、こちらも準々決勝で強豪であるマーモルン伯爵家の嫡男を破って上がって来たリーンとの対戦である。
好カードが同時に行われるのだから、観客は注目せずにはいられないのであった。
「貴様を倒して、リーン様を俺のものにする!」
リューと対面したバトラーは、騎士爵を相手に貴様呼ばわりすると、敵意を剥き出しにするのであった。
「?」
リューは、ここでなぜリーンの名前が対戦相手のバトラーの口から出てくるのかわからず、疑問符が頭に浮かぶのであったが、敵意剥き出しの様子から、リーンに何か言われたのかもしれないと察し、
「リーンはうちの家族だからやるわけにはいかないよ」
と、応酬するのであった。
そこに、審判が開始を宣言する。
バトラーは敵意剥き出しの割に慎重なのかその場から動かず剣を構えている。
「意外に慎重なのかな?」
リューは、内心首を傾げる。
その二人とは対照的に、イバルとリーンの試合会場は、開始と同時にイバルが先制攻撃を仕掛け、激しい打ち合いになっている。
イバル君、頑張ってるなぁ。リーンもそれに対して打ち合って上げてるし、意外にリーンは手加減を覚えたのかも……。
リューはそんな事を思いながら、バトラーから視線を外し、チラッと隣の会場に目を向けた。
「貰った!」
バトラーはその瞬間を逃さなかった。
一瞬でリューとの距離を詰めると、その喉を目がけて渾身の突きを繰り出した。
バトラーの目にも止まらぬ一撃はリューの喉笛に突き刺さった。
……と、観客は見えたのだったが、リューはそれを紙一重でかわしていた。
あまりの一瞬の出来事に、観客はみな、バトラー自身が敢えて外した様に見えたほどで、バトラー本人も驚き、その場から飛び退り、リューから距離を取った。
「次の手も考えて攻撃しないと駄目だよ?」
リューは、バトラーが一撃のみで距離を取ったので、注意する。
「……くっ。俺がミスっただけだ。調子に乗るなよ!」
バトラーは悔しそうにそう言うと、剣先をリューに向けて構えた。
「……じゃあ、次は僕から行くね?」
リューはそう宣言すると、ゆっくりとバトラーに歩み寄って行く。
あまりにゆったりした距離の詰め方に、バトラーは何かを感じたのか背後に飛び、また、距離を取る。
「……それじゃ戦いにならないよ?」
リューは、また、ゆっくりとバトラーとの距離を詰める。
バトラーは、リューの気配に圧されたのかまた、背後に下がる。
だが、もう後ろは試合会場の舞台の外でこれ以上下がれば場外で失格である。
「くっ!この俺が威圧されているというのか!?この感覚は一体!?」
バトラーがそう口にした瞬間であった。
目の前にリューが立っていた。
余りの一瞬の出来事だったので、バトラーはそう感じずにはいられなかったのだ。
「え?」
バトラーが、驚いていると、リューはバトラーの胸を軽く突き飛ばした。
バトラーは為す術も無く場外に尻もちをつき、この瞬間、リューが勝者になったのであった。
余りにも呆気ない決着に観客席は一瞬静かになった。
そして、
「……結局、一合も剣を交える事無く、バトラーは負けたのか?」
「……バトラーが油断し過ぎたということか?」
「それも、突き飛ばして場外とか完全にまぐれ勝ちじゃないか!」
一部の納得できない観客が声を上げる。
だが、その声をかき消す歓声が上がった。
イバルとリーンの勝負が白熱してきたのだ。
リーンはそんなつもりはなかったのだが、イバルが必死に食い下がっている事に感心したのかそれに付き合った結果の盛り上がりであった。
リーンは、観客の歓声が大きくなった事に眉を顰めると、
「引っ張り過ぎたわ」
と、漏らし、イバルの胸当てを細剣で強めに突くと場外まで吹き飛ばして落とすのであった。
「イバル、頑張ったわね。これからもリューの為に腕を磨いてね」
リーンはそうイバルに声を掛けると、リューの結果を確認する。
どうやらあっちは先に終了した様だが、観客の反応からリューの試合には納得しなかったらしいのは雰囲気でわかっていた。
「リューったら、バトラーって子に怪我させなかったのね。鼻っ柱を折る程度に叩き直せばよかったのに」
リーンはそう呟き、審判に勝利宣言をされると早々に控室に戻って行くのであった。
リーンが控室に戻るとバトラーは先に控室に戻っており、うな垂れていた。
リーンはそれを無視して、自分の為に用意されている椅子に座ると決勝戦までの休憩に入る。
「……リーン様。負けてしまいました」
バトラーが呟く様に言う。
「……」
リーンは相手にしない。
「一体彼は何者なんですか!?この俺が……、この将来、剣聖に近い男と言われている俺が、何も出来ずに終わるなんて有り得ない!」
「あなた馬鹿なの?リューとの格の違いに気づけない時点で、剣聖になんて成れるわけがないじゃない」
リーンははっきりそう答えると、続ける。
「私は次があるから敗者のあなたはこの控室から出て行って貰えるかしら?」
リーンの言葉にバトラーは何も言い返す事が出来ず、打ちひしがれたままとぼとぼと控室を後にするのであった。
「イバル君、頑張ったね!」
リューは、リーン相手に善戦したイバルを褒め称えた。
「……ははは。あそこまで格の違いを見せられるとリューの右腕にはなれないな」
イバルは苦笑いするとリューに答えた。
「僕の右腕はリーンなのは絶対だからね。イバル君には左腕になって貰いたいな」
リューはそう答えると二人は笑顔で握手を交わすのであった。




