215話 推薦を断りますが何か?
マイスタの街、街長邸応接室──
リューは、オウヘ王子からの使者の口から出た、準男爵への叙爵推薦を即答で断っていた。
なので、携えた書状も受け取らない。
それは、第一に筋違い過ぎるのだ。
今回の催しの花火については極秘であり、もとより評価されるべきは寄り親であるランドマーク子爵である。
与力とはそういうものだ。
さらに、推薦状なら国王に直接届けるべきであり、わざわざこちらに推薦してやるぞという報告自体がいらないことなのだ。
それはつまり、恩を着せる気満々ということである。
そのオウヘ王子に関してリューは薄皮1枚分も好感を持っておらず、はっきり言うと嫌いであった。
国王と、エリザベス第三王女への献上品を、権威にかこつけて奪おうとしただけでも許せないのに、その部下が、王宮で父ファーザに対して剣を抜いたのだ。
嫌いになるなと言う方が無理な話である。
それだけでももう、関わりたくないのに、準男爵に推薦してやる?これは絶対に受けてはならないと、オウヘ王子の名前を聞いた段階で即答であった。
「僕はランドマーク子爵の与力です。寄り親であるランドマーク家を通り越して、僕のところにこの様な使者が来られる事が恐れ多い事です。──今回のお話は聞かなかった事にします。お引き取り下さい」
リューは相手が第二王子の使者にも拘らず、すぐに帰って貰うのであった。
リューは、メイドのアーサに玄関先で塩を撒いて貰うと、執事のマーセナルに使者の用意をお願いする。
相手は腐ってもこの国の第二王子だ。
今回の件で逆恨みされてはたまらない。
なので、すぐに国王宛てに手紙を書く事にした。
内容は、今回の極秘の任務の事で、第二王子から準男爵への推薦があったが、極秘である事と、寄り親を通さず直接こちらにこられたので断らせて貰った事、それが王家に対して失礼であったかもしれないのでお詫びする、というものである。
もちろん、これはただの告げ口であるが、あとから言いがかりをつけられてもたまらないから、国王の耳には入れておいた方がよいだろうという判断だった。
さらには今回の成功はすべてランドマーク家あっての事なので、評価はランドマーク家にお願いします、という少し図々しいお願いもしておいた。
寄り親の出世が与力の幸福であるので当然な事ではあるが、リュー個人としてはランドマーク家の出世で、次男であるジーロも卒業後くらいには与力として出世出来ればという算段がある。
次男は通常、嫡男である長男に不測の事態があった場合の代理であるが、与力として領地を与えられるくらい主家に余裕があるのであれば、爵位を貰って与力になっておくに越した事はない。
次男ジーロも将来、奥さんを迎えれば独り立ち出来ていた方が良いし、もとより次男ジーロは兄弟の中でも才能面では一番優れていると思っている。
2人で与力としてランドマーク家を盛り立てて行けるならそれ以上の幸せは無いだろう。
リューはランドマーク家の家族の未来の為にも与力として、やれる事は何でもやろうと思うのであった。
数日後、オウヘ第二王子は父である国王と、宰相に厳重な注意を受ける事になった。
普段、何も言わない国王である父と、穏やかな宰相の激しい叱責にオウヘ王子は呆然としていたが、自室に戻ると癇癪を起こすのであった。
「何で推薦した我が怒られなければならんのだ!」
オウヘ第二王子は身近にあった壺を掴むと壁に投げつける。
「殿下、その壺は、職人の街の名工の品です!」
止めようとするモブーノ子爵の手をわずかにすり抜けると壺は壁に当たって粉々に砕けた。
「するなら壺の心配でなく、我の心配であろうが!」
今度は飾ってあった皿を掴むと円盤投げの様に放り投げる。
今度はモブーノ子爵は地面に落ちる前に寸前で掴んで死守する。
「殿下、落ち着いて下さい!これらの品は、エラインダー公爵からの献上品ですぞ!殿下が国王の座に一番近いと目されているのは、エラインダー公爵の後押しがあってこそ。その方の品を無下に扱ってはいけません!」
モブーノ子爵が珍しく主であるオウヘ第二王子を叱責した。
「貴様にまで怒られる筋合いはない!」
オウヘ王子は憤慨するが、今度は言われた事を自覚しているのか、もう物を投げようとしなかった。
「殿下、今回はこちらが逸り過ぎて失敗したと思って下さい。陛下からの心証を悪くしては、いかに殿下でも、凡庸な長男である第一王子に代わって国王の座に座るのが難しくなります」
モブーノ子爵はオウヘ王子を宥める為にただ事ではない言葉を口にする。
「そうであった。いかん。短気を起こす者は損をするという。この様な事で損をしていてはいけないな……。──とにかくミナトミュラー騎士爵は我の将来の為にもうまく利用しないといけない。──そうだ!寄り親のランドマーク子爵を出世させれば良いではないか!」
オウヘ王子はモブーノ子爵の言葉を否定する事無く名案とばかりに次の策を口にした。
「殿下!今回の件は極秘なので表立った出世を今はさせるわけにはいかないと陛下に注意されたばかりでしょう。今回の事はお忘れ下さい」
何一つ理解していないオウヘ第二王子に内心溜息が出るモブーノ子爵であった。




