211話 メイドの話ですが何か?
アーサ・ヒッター二十七歳、女性。
この黒髪に黒い瞳、浅黒い肌の美女は、『闇組織』のボスの専属として代々殺しを請け負い、敵とみなした者はボスの命令に従い悉く排除し、『闇組織』内でもその存在を恐れられてきた筋金入りのプロであった。
しかしある時、先代の闇組織のボスの急死をきっかけに、殺し屋業から足を洗った。
次のボスには今後も続けてくれるようしつこい誘いはあったが、断り続けた。
そして、本業?である仕立屋一筋で八年間、真っ当な生活を送っていた。
だが、マイスタの街では老舗であったお店も、自分の腕が原因か、外部の圧力による問題か、客足は遠のき赤字が続く日々であった。
それでも、殺し屋業で使わずに貯めてあった財産があったので八年間、どうにか生活はできていた。
だが、その八年もの間、赤字が続けばその貯金も底を突く。
アーサも流石に生活の為にも仕事を選んでいられないと思い始めた矢先であった。
この街の領主が変わった。
王家直轄の街であったのに、他所の貴族に領地として与えられる事になったので、その為だ。
今まで、『闇組織』の息のかかった男が街長であったのは知っていたが、それが変わるのだと言う。
アーサはこの変化にはまだ、あまり期待していなかった。
そこに、『闇組織』の解体の情報が入る。
三つに分裂し、そのうちの1つは、よそ者がボスを務めるのだとか。
その配下に、街長を務めていたマルコも入っていた。
この街に変化の時がやってきている。
アーサはそう感じていたが、自分に出来る事は服の仕立てと人を殺す事だけだ。
なので生活の為にも、分裂した三つの組織のどれかに自分を高く売りつける為に、情報を集める事にした。
最初、新たに出来た竜星組はよそ者がボスであるという情報から、どうしようか迷っていた。
自分もマイスタの街の住民だ、仲間意識は強い。
できるなら、同じマイスタの住民のボスが良かった。
だが、一応情報を集めてみると、面白い事がわかって来た。
竜星組のボスは、どうやら新領主であるようなのだ。
新領主と言えば、まだ、十二歳の子供のはずだ。
最初、その情報を疑ったが、昔の繋がりがある裏社会の住民からの情報なので確かだろう。
という事は、その下にはマイスタの職人達の長も務めていたランスキーも仕えている事になる。
あの、ランスキーがよそ者に仕えているのだ、アーサの興味はその少年に一層惹かれた。
十二歳といえば、自分が殺しを始めた時期だ。
もしかしたら、自分と同種の人間かもしれない。
いや、きっとそうだろう。
そうでないと竜星組の立ち上げや、新領主としてこの街に君臨できるはずがない。
楽しみになって来た。
アーサはどう自分を高く買って貰おうかと思案した。
そこへある日、一つの立札が広場に立てられた。
『新領主であるミナトミュラー騎士爵家の執事を求む』だ。
アーサは、これだと思った。
すぐにアーサは応募し、面接に臨む。
アーサは新領主であり、竜星組のボスの噂があるこの少年がどれほどの腕か計ってみる為に、その場で殺せる間合いを取らせるか試す事にした。
相手はまだ、自分が殺しを始めた頃の年齢だ。
簡単に間合いに入れるだろうが、そこまでの時間で自分を売り込むか決めよう。
そう思ったのだが……。
何この子……!ボクの間合いを即座に掴んで警戒してるじゃない!
アーサは感動にも近い驚きに心が震えた。
この領主の頼みなら八年ぶりに殺しという副業に、戻ってもいいと思った。
なので、本格的にアピールしようとすると……、
「アーサさん。執事で雇うかは、まだ、わかりませんが、あなたの事は確実に採用しますのでご安心下さい」
と、躱された。
この子……、かなり鋭い!
アーサは、自分が後手後手に回ったのは初めてだったので、この少年に俄然興味が湧いた。
それにその傍にいるエルフもまた、ただ者じゃない。
こんなにウキウキしたのはいつぶりだろうか?
十年ぶり?
アーサはいつぶりかの楽しさに心躍るのであった。
「あなたをメイドとして雇いたいと領主様は仰っています」
それが数日後にやって来た、領主の使いからの言葉であった。
「え?」
アーサはまた、あの新領主である少年の、意外なアプローチに不意を突かれた。
「ボクがメイド?その……、違う仕事ではなく?」
「はい、メイドです」
アーサは何か試されているのかと一瞬疑うのであったが、メイドなら領主の傍に常にいられる。
なるほど、そういう事か!ボクにいつでも命令できる様にメイドの役目を与えてくれているんだ!
そう、解釈したアーサは使いにメイド職を快く引き受ける返事をするのであった。
だがしかし、それからは、本当にメイドの仕事ばかりであった。
最初、プロとして現場になじむ為に、メイド業もやれる様にしっかりと仕事も覚えた。
そして、領主から声を掛けられる度に「今度こそ仕事でしょ?」と、思うのであったが、一切そんな言葉はかからなかった。
そんなある日──
屋敷に火を点けようとする馬鹿が現れた。
すぐに叩きのめし、捕らえると領主である少年に褒められた。
これで、ボクの有用性がわかったでしょ?
と、言いたい気持ちは抑え、次の言葉を待った。
きっと、この次の言葉は、捕らえた馬鹿の雇い主を始末する事だと思ったのだ。
「じゃあ、アーサ──」
「うん、誰を殺せばいいんだい?」
「いや、お茶を入れてくれる?」
「え?」
アーサは想像していた言葉でない事に面食らった。
「カチコミは僕達でやるから大丈夫だよ」
目の前の少年はそう言うとクスクスと笑うのであった。
そこでアーサは初めて、自分は本当にメイドとして雇われたのだと自覚したのだった。
アーサは戸惑った。
これまで、自分の存在価値は殺し屋としての腕だけであったし、本業の仕立屋は赤字だらけで自慢できるものではなかった。
当然、新領主であるこの少年も、その辺りはよく理解しているはずだ。
だから初めて殺し屋と仕立屋以外で、まともに扱われる事が意外だった。
「ボクがいけば、組織の要人の一人や二人くらいあっという間だよ?」
「ははは。アーサ、君は副業とやらを辞めて、真っ当に八年間生きて来たんだよね?」
「そうだけど……、でも、赤字続きで仕立屋としては才能は無かったと思う……」
「でも、八年間頑張ってきた実績があるじゃない。僕はその君をメイドとして雇い、君はそれに応えて頑張ってくれている。僕もリーンもアーサがメイドとして来てくれて助かってるよ。放火も未然に防いでくれたし。もちろん、君が今の仕事より、副業をやりたいのなら僕も考え直さないといけないけど、何か理由があって長い間辞めていたものを、またやる必要はないんだよ?だから今の、『強いメイド』という立場でも良いんじゃないかな?」
リューは笑顔でそう答えると、リーンもそれに頷く。
アーサは、殺し屋以外での初めての高い評価に胸が熱くなると、この新領主の少年、いや、若様の為にメイドとして尽くそうと誓うのであった。




