錬金術師のリスタート ~役立たずは不要と見捨てられた錬金術師、ダンジョンで発見した『古代遺産』の力で覚醒する。パーティーに戻ってきてほしい? 足手纏いなので遠慮しておきます~
「おいアレン! とっとと歩け!」
「す、すみません!」
閉鎖されたダンジョンで怒声が響く。
先を進むパーティーメンバーに置いていかれなよう、急いで後に続く。
いつものことだ。
「ったく、ノロマはこれだから困るんだよ」
「ねーねー、やっぱ置いていった方が良かったんじゃない? 足手纏いになるじゃん」
「うっせーな~ そしたらポーション切れになった時困るじゃねーか」
「えぇ~ ポーションならたくさん買えば良いじゃん」
錬金術師である僕は、戦闘においてあまり役に立たない。
パーティーでの主な役目も、ポーションの作成や荷物持ち、あとはダンジョン内の道を整備したり、塞がった壁を開けたり。
基本的には雑用ばかりだ。
「買うよりこいつに作らせたほうが安いんだよ。それに荷物持ちも必要だろ?」
「うえ~ だからって攻略ペースが落ちるのもやばもん」
リーダーで剣士のガゼルに、陽気な魔術師のアメリアが駄々を捏ねる。
ガゼルはイライラが表情に現れ出していた。
そんな二人を諭すように、槍使いのディーゼが落ち着いた口調で言う。
「まぁまぁ良いじゃないですか。一応、彼を連れて行くほうがポーション不足を補える面では良いことですよ。足りなくなって戻るよりはね」
「そうですよアメリア。あまりガゼルを困らせてはいけません」
「うぅ、はーい」
僧侶のヨルンにも諭され、アメリアは渋々納得した様子。
しかし彼女はギロっと僕を睨み、ぼそっと呟く。
「あんたの所為であたしが怒られたじゃん」
「え、あ……す、すみません」
「ふんっ、謝る前にちゃんと役に立ってほしーし」
「……はい」
役には立っている……つもりだ。
ポーションは傷を癒したり、体力を回復させるために必要不可欠。
効果の高い物ほど値段が高くて、冒険者にとって最大の出費になりえる。
それを素材だけあれば作成できるお陰で、余ったお金を他の素材や武器などに回せる。
戦闘中だって、まったく役に立たないわけじゃない。
囲まれないように壁を作って敵を分断したり、一度に戦う数を調整するために足止めをしたり。
派手な彼らの前では目立たないけど、ちゃんとサポートしている。
それなのに……
「あーあ、ねぇねぇこんなやつよりもっと強い仲間を募集しようよー」
「またその話か」
「だってさー、みんなだって足手纏いすぎてイライラするでしょー?」
「そんなの当たり前だろーが」
あっさり納得するガゼルに、他の二人もうんうんと頷く。
誰も、誰一人見ようとしない。
自分でこんなこと思いたくないけど、僕が何をしているのか、どれだけ貢献しているのか。
それを知ろうともしないで、いつも僕を馬鹿にする。
でも仕方がないんだ。
「あたし思うんだけどさ~ あたしらがAランクから上がれないのってこいつの所為じゃないかなって」
「あぁ~ 確かにな~ あとちょっとって感じなんだが」
「絶対そうだよ。もっと戦える奴いれようよ~」
錬金術師は冒険者に向いていない。
それを理解した上で、僕は冒険者になる道を選んだのだから。
正確には選ぶしかなかった。
理由は単純……
「ヨルンだって嫌でしょ? こんな真っ黒の陰気臭い奴が一緒なんてさー」
「もう、そんなわかりきった質問をしないでください」
「ほらやっぱり~」
「私に限った話ではありませんよ? 彼の容姿を見て、好き好んで共に居たいと思う者はいないでしょう」
そう、容姿。
闇に溶け込むほど黒い髪に、同じくらい黒い瞳。
この二つの特徴は、かつて世界各地で戦争を起こし、その果てに滅びた国の人々の特徴と酷似していた。
似ていたんだ。
僕自身は無関係だし、国が滅んだのは何百年も昔の話なのに。
ただ似ているというだけで、僕は世間からものけ者扱いされていた。
本当は錬金術師のスキルを活かして、アイテム屋や生産系の仕事をしたかったのに、この容姿のせいでどこもお断りを食らって。
結局、最後に残っていたのが冒険者だった。
「おいお前ら、そいつの愚痴は終わって酒飲みながら話そうぜ。そっちのほうが良いだろ」
「さんせーい」
「今はダンジョン攻略ですね。前回は三階層止まりでしたし、今回は超えたいですね」
「ええ。皆さん頑張りましょう」
ヨルンの言う皆の中に、たぶん僕は含まれていない。
そんな卑屈なことを思いながら、彼らの後に続いて歩く。
「はぁ……」
僕は彼らに聞こえない声量で、力なくため息をこぼした。
こんなことがいつまで続くのだろうか。
いや、きっと長いだろう。
生きるためにはお金が必要で、僕が稼ぐためには彼らと行動を共にするしかない。
他の方法を探す時間もない。
そんな風に考えて、諦めてしまっている自分が心底嫌になる。
「にしてもモンスター少なくなーい? この間来た時ってもっと殺伐としてたよね?」
「確かにそうだな。他のパーティーも見当たらないし、ん?」
「どしたの?」
「あれ見ろよ。壁から光が漏れてるぞ」
先頭を歩いていたガゼルが立ち止まり、右手の壁を指さす。
ただの壁だが、うっすらと赤い光が漏れている。
どうやら向こう側があるようだ。
「ホントだ~」
「隠しエリアか? おいアレン、マップ出せ」
「はい」
マッピングも僕の仕事だった。
取り出したマップを覗き込むと、そこは未知の空間であることがわかる。
ガゼルがニヤっと笑みを浮かべる。
「お宝の匂いがするな。おいアレン」
「はい」
錬金術で壁を壊せという合図だ。
僕は怒られないように早く動いて、塞がっている壁に手を当てる。
錬金術師は技能として、触れた鉱物の情報を得ることができる。
情報と言っても簡単なことしかわからず、厚さや硬度くらい。
この壁……確かに薄いな。
ただの岩と土で塞がった壁だ。
破壊するのにそんな手間はかからない。
僕は錬金術を発動して、塞がれた壁を両側に押しのけ、道を開く。
「さぁさぁ、一体何が待って――は?」
意気揚々と歩きだしたガゼルは戦慄した。
彼だけじゃない。
仲間たちも、当然僕も言葉を失った。
「なっ、な……」
光を放っていたのはモンスターだ。
だけど、そのモンスターが放つ光は白かった。
ならばなぜ赤く光って見えたのか。
その答えは、壁や天井、地面の隅まで血で染まっていたから。
今も尚、地面には血が流れ落ちる。
ガジガジとはしたなく音を立てながら、モンスターが人を食らっている。
「う、嘘だろ……オーガロード?」
ガゼルがモンスターの名前を口にした途端、名を呼ばれた人間のように、悍ましい顔をこちらに向けた。
蛇に睨まれたカエルという言葉を知っている。
まさにそんな状況。
僕たちは一瞬、身動きが取れなくなるほどの恐怖を感じた。
奇しくも、その恐怖から最初に脱したのは……
「に、逃げましょう!」
僕だった。
人一倍臆病で、戦う人間ではなかった僕だからこそ、恐怖に足を取られる前に逃げることを思い浮かべた。
叫んだ声が響き、四人も動き出す。
とるべき行動は一つ。
振り返り、背を向けて走り逃げること。
幸いオーガロードとは距離がひらいていた。
走って逃げれば間に合う。
と、誰もが思って振り返る。
そこに道はなかった。
否、道がふさがっていく様を見せられた。
「なっ、どういうことだよアレン!」
「ぼ、僕じゃないです! 錬金は触れないと――まさか」
咄嗟に振り戻る。
どうやら嫌な予想は当たってしまったようだ。
オーガロードは食事を止め、右手が地面に触れている。
「オーガロードのスキル!?」
僕と同じ錬金術の?
いや違うか。
たぶん地形操作系のスキルを持っているんだ。
さっきまで閉じられた穴も、オーガロードが食事を邪魔されたくないから自分で。
オーガロードがゆっくりと腰を挙げる。
「くっ、アレン! さっさと壁を開けろ!」
「はい!」
言われる前から察して動き出し、僕は塞がった壁に触れる。
錬金術を発動して壁をこじ開けて脱出するために。
しかし行きほどスムーズに開かない。
壁を開こうとすると、反対に閉じようとする力に引っ張られてしまう。
「なにしてやがる!」
「駄目なんです。たぶんオーガロードのスキルに邪魔されて……三十秒くらい時間がかかります」
「三十秒だと? くそっ役立たずがっ!」
「すみません!」
役立たずと罵られながら、僕は納得できない気持ちが沸き起こる。
その役立たずの力がないと逃げられない彼らは、一体どこが凄いというのだろうか?
「お前らいいか? 三十秒時間を稼ぐぞ」
「マジで言ってんの? あれフロアボスと同じだよ?」
「わかってる!」
「そもそもなんでこんなとこにいるのさ!」
「知るかそんなもん! 死にたくなければ戦うしかねーんだよ!」
ガゼルの怒声が響く。
その声がうるさかったのか、オーガロードが雄叫びを挙げた。
空気が揺れる。
振動は地面に、壁に伝わり岩壁の表面がパラパラと崩れ落ちる。
「やるぞ!」
オーガロードとガゼルたちの戦いが始まった。
僕は彼らに背を向け、道を開くことに集中する。
ロードのスキルは強力だ。
集中しないと押し負けて、開いた穴が再び閉じてしまいそうになる。
あと少し、少しで人が通れる大きさに――
「出来た! 駆けこんでください!」
「やっとかクソッ! アメリア!」
「わかってるって! 【聖なる輝き】!」
アメリアが目暗ましの閃光魔術を発動させた。
直撃を食らったオーガロードは目をくらませる。
一瞬の隙をつき、奮戦していた四人が即座に出口の穴へ駆けこむ。
「急いでください! この穴、あいつの力と競り合ってて維持が難しいんです」
「……そうか。じゃあちょうどいいな」
「え?」
突然、首の後ろを掴まれ、引っ張り倒される。
当然倒れれば手は離れ、空いていた穴が塞がろうとする。
そこへ最後にガゼルが飛び込んで、向こう側で振り返る。
「悪いなアレン、俺たちが逃げるための囮になってくれよ」
「そん――」
「じゃあな」
僕は手を伸ばした。
小さくなる壁の穴に、助けを求めるように。
返ってきたのは、僕のことをあざ笑う彼らの表情だけだった。
直後、背後からオーガロードの攻撃を受ける。
拳を地面に向って振り下ろしたのだろう。
衝撃は全身を抜け、さらに地面すら砕き割った。
「ごあ――」
足場が崩れて落下していく。
どこまでも、数秒かけての急落下の末、硬い地面に激突する。
腹部からは大量の血が流れ、内臓を潰されたからか口からも吐血する。
不思議と痛みはなかった。
痛すぎて麻痺したのだろう。
ただ、他の感覚は感じるようで、僕は頬に触れる地面の冷たさに気付く。
荒い大地の感覚じゃない。
整備された石の床だ。
「遺跡……?」
うっすらと霞んだ視界に、石の構造物が見える。
どこまで落下したのだろう?
少なくとも僕が知っている階層よりずっと下まで落ちたようだ。
「ははっ……もしかして一番深くまで……潜ったのかな」
だとしても意味がない。
僕はもうじき死ぬだろう。
出血も多いし、何よりオーガロードの攻撃は致命傷だ。
助かる方法はわからないし、そもそも考える力もなくなってきた。
「ホント……嫌なことばっかり……」
辛くて、苦しくて、思い通りにならないことばかりだった。
働いても認められず、役立たずと罵られ続けて。
挙句の果てに見捨てられてこんな最後を迎えるのか。
ふざけるな。
「こんな……ことで……僕は」
死にたくない。
このまま死んだら惨めすぎる。
でも、死ぬ未来しかない。
手を伸ばしても、誰かが助けてくれることはないだろう。
それでも伸ばした。
必死に、何かを掴む。
「――生体認識」
声が聞こえた。
女性の声、しかし人間とはどこか異なる変わった声質だった。
「魔術回路に接続――認証開始……成功しました。ただいまより貴方を新たなマスターとします」
なんだ?
何を言っている?
手首に何かが巻き付いた感覚がある。
視界はぼやけてよく見えないし、意識も遠のきかけている。
「マスターの身体状況を解析――損傷個所多数、生命維持限界を突破。治癒・再生は困難と判断。最適解を検討します」
だから……何を……
「該当あり。マスター、自身への錬金術行使を推奨します」
「自分……に?」
「錬金術による人体を再構成、損傷個所の回復を行います。不足している素材は周囲から代用、さらに身体を最適な形へ構成してください」
「最適な……形……」
わからない。
僕にはもう、何を言っているのか。
意識が途切れかけ、まともな思考は働かない状況だった。
「意識レベル低迷、錬金術の自己発動は困難と判断。こちらで強制発動します」
「ぁ――」
謎の声によって、僕の錬金術が勝手に発動される。
対象は僕自身の肉体。
肉体の再構成が開始される。
「ぐっ、ああ……」
消失していた痛みが戻る。
全身に電流でも駆け抜けたみたいな衝撃も。
わけがわからない状況が、肉体の変化と共に理解していく。
怪我をした僕の身体が一度分解され、新しい人として再構築された。
つまり、僕の身体は一度死んだということ。
新しく生まれ変わる……転生したのだ。
「再構築完了」
「これは……生き返った? いや、生まれ変わったのか?」
「その通りです、マスター」
僕は立ち上がり、拳を力一杯に入れる。
全身からみなぎる魔力、拳を握る力の強さ。
髪の色も白くなっているのがわかるし、自分の身体とは思えない。
不意に、右手首に着けられた銀色の腕輪に気付く。
女性の声はここから聞こえていた。
「お前は一体……」
「申し訳ありません。その問いに答える前に、処理すべき対象が現れました」
「処理?」
「後方を警戒してください。攻撃がきます」
瞬間、鳥肌が立つような寒気を感じる。
危険だと察知した僕の身体は、大地を割る拳を飛び避けていた。
「え、え?」
「次の攻撃がきます。警戒してください」
攻撃してきたのはオーガロード。
巨腕を振るう怪物も、僕と一緒にこの階層まで落ちてきたようだ。
彼女の助言通り攻撃が来る。
オーガロードは拳を握り、大振りで殴り掛かる。
「遅い?」
なんだ?
止まって見えるような……視力が上がっている?
それだけじゃなくて、身体能力も。
オーガロードの攻撃を難なく躱せて、余裕もあるぞ。
「再構築?」
彼女はさっきそう言っていた。
俺も無意識に、自分の身体が作り替えられたことを理解した。
この体はもう、かつての自分の身体じゃない。
完全に新しく、強く生まれ変わったのか。
「マスター。右手後方にある武器を使用してください」
「武器?」
攻撃を回避しながら視線を向ける。
彼女が示した方角に、黒い武器らしき物が転がっていた。
「あれ!」
即座に駆け寄り、落ちている武器を拾う。
持ち手に引き金?
狩猟銃の一種だろうか?
それにしては小さいし、色々と構造が異なっているようだが……
「どうやって使うんだ?」
「照準を合わせトリガーを引いてください。アーティファクト名【血戦銃】、使用者の血を媒体に高密度の弾丸を飛ばす武器です」
「血?」
「マスター、敵が来ます」
振り向くとオーガロードが飛びかかろうとしていた。
端的な説明過ぎて要領をえない。
だが、引き金を引けばいいということはわかった。
それならもうやるしかない。
狙いは頭だ。
照準を合わせ、引き金にてをかける。
直後に握っていた手に痛みが走り、吸血されたことを悟る。
「くらえ!」
血を高圧縮した赤い弾丸が、オーガロードの眉間を貫く。
立った一撃で、あっさりと。
「嘘だろ……?」
オーガロードは倒された。
あまりにあっけない最後を見せられ、倒した僕自身も困惑する。
「お疲れさまでしたマスター」
「……お前は本当になんだ? この武器も、この身体も……」
「ワタシはエリザ。前マスターより、アーティファクトの管理を任された戦闘支援人工知能です」
「人工知能?」
この出会いは運命か、はたまた仕組まれたものなのか。
かくして僕は出会った。
古代の遺産、アーティファクトを管理する存在に。
そして僕こそ、彼女とアーティファクトを統べる者に選ばれた。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……ここまで来れば大丈夫だろ」
「そうね……外だし」
ダンジョンの外、地上へと戻ってきたガゼルたち。
一目散に逃げて息も絶え絶えながら、四人とも無事に生還した。
「ともかく全員無事でよかったぜ」
「全員じゃないけどね~」
「ん? 別にいいだろあいつは。最初から仲間じゃないんだし」
「そうよね~ いらないって思ってたところだし、最後に役立ってくれたから良かったわ~」
楽しそうに話すガゼルとアメリア。
他二人も違和感はない様子。
普通ではない。
ここに至るまでに、一人の犠牲を払っているのに。
さもそれが当たり前で、何事もなかったかのように語らう。
「しっかし荷物持ちがいなくなったのは困るな~ また募集するか」
「こんどはちゃんと強い人にしようよ! あたしらがSランクになるためにもさ」
「賛成だよ。出来れば中遠距離の戦闘職がいいかな?」
「ですね。戻ったらさっそく募集をかけませんか?」
三人が順々に提案していく。
意見はほぼ一致していた。
足手纏いはもういらないという点で。
ガゼルが笑う。
「ふっ、ノリノリだなお前ら。そんじゃ帰って酒でも飲もうぜ。生還祝いだ」
「ほーい!」
「そうしよう。疲れもあるしね」
「ええ」
アレンは死んだのだろう。
そう思いながらも、彼らの中ではこの程度。
すぐに忘れて新しい仲間を探し出せる。
最初から、彼らにとってアレンはそういう存在だった。
だが、彼らはすぐに知るだろう。
アレンが担っていた役割の大きさを。
そして再び出会うとき、彼らは見せつけられることになる。
圧倒的な力の差を。
最後までご愛読ありがとうございます。
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