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作者: 白夢

国内でも有数の大企業、R製薬。そこに勤めるとある男が忽然と姿を消した。


友人への相談もなく、上司への連絡もないままの失踪に、彼のいた部署の面々は驚いた。しかし家族のいない独り身の男だったので、事務的なことは抜けた穴を埋めることと警察への届け出程度でスムーズに終了した。


職場での人間関係も良好、私生活も含めて重いストレスを感じている様子もなかったその男の失踪に、会社の人たちはたいそう不思議がった。


そして人間というのは不思議なものごとには理由をつけたがる。彼に関する噂がそこかしこでちらほらと囁かれ始めた。


「あの失踪した男なんだけどさ、家族どころか血縁関係の人が調べてもいなかったらしいよ。」


「そりゃまた珍しいな。もしかしたら何か秘密があったりして。」


「まさか、男の同僚から聞いた話だと至って普通の人間だったらしいぞ。」


「いやいや、普通すぎるからこそだよ。」


「そういうもんかね。」




またあるところでは

「例の男、もしかしたら借金とかしてたのかもよ。でないと突然いなくなるなんておかしくないか?」


「でもそいつと同じ部署にいる俺の友人は、そんなに金に困ってるような感じには見えなかったってさ。G国製のちょっとお高い時計を着けていたとか。」


「へぇ、ならなんで失踪したんだか。俺たちには想像のつかない秘密があったら面白いんだがな。」




またまた別の部署では

「例の彼、幼い頃に火事で家族をみんな亡くしちゃったってほんと?なんでも今回の失踪で警察が捜査した際に血縁の人が誰もいなかったって話。」


「へぇ〜、苦労してたんだね。でも一流大学を出てここに入社したとか。いい後見人に出会えたのかな。」


「会社での功績も高かったって話よね。」


「そういえば孤児を引き取ってスパイに育てるみたいな漫画最近あったよね。もしかして彼も?」


「まさか、あんなのファンタジーよ。」





そしてあっちの部署では

「例の男がG国のスパイって噂を耳にしたんだけど。」


「なんだそれ、もし仮にスパイだったとして、なんでこの会社にいたんだ?」


「そんなもん俺が知るかよ。」


「お前がスパイどうこう言ったんじゃないか。」


「ならあれだろ、何かヤバイ秘密を探しに来たとか。」




こっちの部署では

「他所で聞いたんだけどさ、例の男ってスパイらしくて、うちに忍び込んで何か重要なもんを盗もうとしてたんだって。」


「面白い冗談だな。そうそう、俺もそいつの噂を聞いてさ、なんでも孤児だった時にG国の秘密組織に引き取られたらしいぞ、付けてた腕時計がG国製だからとか言ってたな。」


「あはは、なんかもう色んな噂が出まくって面白いことになってるな。」



各方面でいろいろな噂が囁かれ、それらが交わり会社では彼の噂をするのがちょっとした流行になっていた。


まあその程度の話題なら時とともに落ち着いていき、後には何も残らないものだ。が、今回は少しだけ変化があった。


セキュリティ部門では

「そうそう、例の噂の男がスパイみたいな話が上がってただろ?それでふとここのセキュリティに目が行ったんだよ。そしたら少し脆弱な部分があってさ。こないだ監視カメラとかを見直してたんだ。」


「ある意味その男に助けられたな。もし盗人が入ってきたらかなりの損失だ。それを噂1つで防げるってんだから。」


「はは、確かにな。」



ついには社長まで

「社員の間で例の男の噂が飛び交ってるらしいじゃないか。それで思ったんだが、うちの金庫って長いことパスワードを変えてないだろう?資金に余裕も出来てきたところだ、もう少し良い金庫に変えようと思うんだ。」


「そうですね、社長。防犯意識は高いに越したことはありませんし。」



くだらない噂から始まったことでも、何か大きな変化を生むことだってあるのだろう。

















数日後、R製薬の本社ビル前に1人の男が。

「ついにこの日が来た。幼い頃火事で家族を亡くした俺を引き取ってくれたボス、あなたに恩を返すときです。スパイとしてこの会社に忍び込み、十数年が経った。その間俺は怪しまれないよう普通であることに努め、見事に溶け込んでこれた。そしてついにこの会社の黒い秘密を見つけ出したのさ。あとは忍び込み、事前に調べたセキュリティの穴を突き証拠を盗み出すだけ。そろそろ時間だ、行くとするか…。」


男は形見の腕時計をちらりと見て、闇夜に消えていった。


その後の顛末は、まあ噂で聞くことになるだろう。

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