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僕は『僕』じゃないっ!  作者: 立田友紀
1.『男』になれないおとこのこ
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8.「ファースト・ステップ」

「……私もうまく言えないけど、望海の気持ちとかしっかり考えてなくて。だから昨日のことはしっかり謝らなくちゃって思ってて。なんで望海が女の子の服を着ていたのかはまだ分かってないけど」


「でもね、私は望海の味方になってあげたいって。本当は、そう言いたかっただけなの」


 その言葉に、僕は言葉を失った。

 訳が分からなくて、ただその場で立ちんぼう。

 その言葉が――お姉ちゃんが言った言葉を認識するまでにだいぶ時間が掛かって。

「……いいの?」

 本当に。そう、続けた。

 僕がやろうとしていることは、それだけ変なこと。

 あるべきルール(・・・・・・・)をぶち壊すような。たくさんの人が蔑んじゃうような、そんな最低なことだというのに。

 それでもお姉ちゃんは、嫌がる素振りなんて何一つ見せないで……。

「うんっ!」

 そういって笑ってくれて。だからこそ僕は――。


 ◇


「入って、大丈夫?」

「いいよ」

 僕がそう言うと、お姉ちゃんが部屋に入ってきた。

 さっきと同じで、キュロットにブラウス姿の僕。男なのに、女の子の服を着ている僕。

 普通だったらあり得ない組み合わせだっていうのに、今回は不思議とそういう姿を見られても不安というかそういう気持ちは生まれなくて。

「似合ってるじゃん」

「そう? ……ありがとっ」

 逆にそうやって、何事もなく受け止めてくれたことが。

 普通に扱ってくれたことが、とても嬉しかった。

「……望海嬉しそうね。そんな私、嬉しくなるようなこと言ったっけ?」

「それは無いけど、何というか安心するというか」

「そっか」

 彼女はそう言って、そこからは何事も無かったかのようにマンガを読み始めた。

 僕も気にせず、クッションの上に座ってテーブルに乗っているチョコをつまむ。

 何事も無い。普通の姉弟が過ごす、そんな時間。でもその時間が、やっぱりありがたかった。

 好きな服を着せてもらって、それを変だと言われなくて。世間はこんな小さなことにまで目くじらを立てて、僕だってその価値観に染まっていて。

 でもそういうことを言わずに、今まで通り……。

「そうそう望海」

「んー?」

「スカートとかキュロットとか、そういうのはいてるときはあぐらをかかないの」

 パンツ見られたいの? とさり気なく言われて慌てて股を閉じる。

 けどそれ以外は何も言わないお姉ちゃんには、本当に救われているなって。そう感じた。

「お姉ちゃん」

「なあに?」

「……ありがと」

「どうしたのそんな2回も『ありがとう』だなんて」

「いや、だってさ……」

 ありがとうって気持ち。

 もちろん、一番はその気持ちであることは変わりない。それを伝えたいってのもあったし。

「こんな弟が変態になっちゃったのに、何事も無かったかのように受け入れてくれたじゃん?」

 なんで、とは問いかけられなかったけど。

 でもやっぱり、どこかでお姉ちゃんをしんどい思いさせてるんじゃないかなって。どうしてもそこは思っちゃったりしてね。

 だから「ありがとう」って言葉をダシについ聞いちゃったっていうのもあるんだけど……。

「別に何事も無かったかのようにって訳じゃないよ?」

「……じゃあ、どこかで我慢を?」

「あぁ、もうあんたも結構めんどくさい子だよね!」

 ため息をつくお姉ちゃん。その様子に、「しまった」と。地雷を踏んだか、と思った。

 だけども彼女は急に立ち上がると僕の前にいきなり現れて、両手で僕のほほをはさんで続けた。


「さっきも言ったけど、確かになんで望海がそう言う服装をしたいと言い出したかは私も分かってない。けど望海も望海で何かしらで悩んで苦しんで――その結果がそういう服装になったわけでしょ?」


「だったら、私くらいは味方になってあげなくちゃ。でしょ?」


「――まあ、そうはいってもあんたのその恰好。正直結構似合ってるし、私もあえて何か文句をつける必要はないかなって」


 ――そっか。そうだったんだ。

 何かいろいろ難しく考えすぎてたけど――やっぱり僕、ありのままに居てよかったんだ。

「女の子の、服を着ても……」

「別にスカートが女性だけの、ってわけでもないでしょ?」

 ――着たい服を着ればいいんだから。

 そう言って彼女は、いつものように笑う。

 だから僕も、いろいろ悩むことは止めにした。

「……だね。着たい服を、着ればいいんだもんね」

 別に、お姉ちゃんだから特別こういう服装をしていいってわけじゃない。

 たまたま着たい服がスカートだったから。かわいいデザインだったから。女性向けの服だったから。それで良いじゃん。

 だいた、今時女性だって男性の服を着ることもあるじゃん。逆をすることの、何がおかしいんだろうか。そういうことだってあってもう良いじゃん。 

「そういうこと!」

 そう言って、この話はおしまい――なはずだった。

「……とはいえ」

 そう言って急に立ち上がって腕組みするお姉ちゃんに。

「まさか……何かまずいことが?」

 さっきの今でこういう表情をされると、やっぱり思うところはある。

 せっかく安心したのに、なにかまずいことでもあったんじゃないかなって気がして。そしてそれは、僕とお姉ちゃん以外のところで。

「まずいってことは無いんだけど」


「……お母さんと。あとはお父さん」


「あぁ……」

 そうだよね。この家に住んでいるのは、お姉ちゃんと僕だけではない。

「まあお父さんはともかくお母さんが、ねぇ」

 お父さんも、まあそれはそれで一番説得が大変そうだけど。けど彼は大阪に単身赴任中だし、帰ってくるのもせいぜい3カ月に1回だからまあ良いんだ。

 問題は、お母さん――。

 というかむしろ、よく今までお母さんにはバレていなかったって話なんだ。

「まずこの話をして納得するかで言えば」

「……納得は、しないと思う」

「だよね」

 そう、そこのところ。

 結局僕たちがどれだけ、「着る服は自由だ」とか言ったところでそれをお母さんが聞き入れるかって言ったらそんなことは無くて。

「難しいなぁ」

 結局は、やっぱり現実を変えることはできないのだ。

「……性別なんて、なければいいのに」

 そんなことをつぶやく。無理な話だってことは分かってるけどさ。

 でも、そんな一言になぜかお姉ちゃんも乗っかってきて。

「そうだよね。男らしさ(・・・・)とか女らしさ(・・・・)とか、今時ナンセンスだよね」

「そうだと思うけど」

「けど……。こういうこと言いたくないけど……」


 結局、お姉ちゃんと話し合って僕がこの姿をしてもいいのはお母さんのいない土日の昼間だけ。あるいは自分の部屋にいる時間だけってことになった。

 そうじゃないと、いざこの姿を見られたときにきっと――揉め事が起こるから。

 難しい話だよね。

 けどそれがやっぱり現実なことには、変わりないから……。

読んでいただきありがとうございました。

第1章、完結です。


お気に入り、評価を入れていただきありがとうございます。

次回からは、ついに望海が外の世界に出ていきます。果たして望海は、上手く自分の気持ちと現実に折り合いをつけられるのか?

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