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僕は『僕』じゃないっ!  作者: 立田友紀
1.『男』になれないおとこのこ
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6.「はじめてのおんなのこ(前編)」

「良かったら……着てみない?」

 

 突然放たれた、お姉ちゃんからの一言。

 その言葉に戸惑ってしまってはみたものの。

「……結局、着ちゃうことになるとは」

 僕の周りを囲うかのように置かれている、女性向けの服。

 その中から僕は、クローゼットの掴み手の部分に掛かっていたものを着てしまった。

 上は白と黒のチェック柄のブラウスに下は黄色いキュロットスカート。

 言うまでも無いけど、彼女が中学生の頃に着ていたと思われる――まあ、女の子の服と呼ばれるものだ。

「でも、安心するかも」

 そうつぶやいて、鏡に映るもう一人の僕に声を掛ける。

 変な話だよね。本来の性別じゃなくて、異性の服に安心するだなんて。でも、それがたぶん今の僕の正直な心境なんだろうって思った。

 ただ、そうは言っても。 

「着替え終わった? というか、もう入って良い?」

 着替えを見ちゃ悪いから、とのことで部屋の外で待っているお姉ちゃんから声を掛けられた。

「あっ……うん」

 着替え終わったので入って良い、と返事をする。

 まあ本来は部屋の主であるはずのお姉ちゃんを、外で待たせるのはちょっと筋違いなのかなって思ってそう答えたというのはあるんだけど。

「じゃあ、入るよ?」

 そう言ってお姉ちゃんが僕のことをさらっと見つめて。でもそれについては何も言わずに、部屋の真ん中にあるクッションに座ってしまう。

 その様子に、やっぱり僕の今の服装っておかしいって気持ちが高まっていく。不安の気持ちが強くなる。

「座ったら?」

「あっ、そう……だね……」

 別にキモチワルイって、言われたわけじゃないのに。むしろ彼女から勧められた女装(ふくそう)なのに。

 それなのに――。

「やっぱり、着替えるよ」

 苦しかった。

 この服装をすれば落ち着くのは事実だけど、人間には二つの性別があって結局あるべき姿に従うしかない。それは絶対なことだし、そうすればこんな居心地の悪い思いをしないのだから。

「ゴメンね、気を遣わせて」

 そう言って立ち上がって、ブラウスのボタンに手を掛けたその時だった。

「待って!」

 そこではじめて、お姉ちゃんが言葉を発した。

 ……言葉だけじゃない。

「……なんで?」

「分からないけど……」

 彼女が僕の手首をつかんで、僕がボタンを外そうとするのを止めていて。

「私だって分からないけど……。でも、望海がそこまでしたのって何か理由があるんでしょ?」

「そこまでっていうのは」

「私の服を着て。その……女装というか何というか……」

「それは……」

 理由って言えるほど大したものなのかは分からなかった。

 そもそもキッカケだってただの思い付きと言うか興味本位でしかないし。でも……。

「そんなに言えるほどのことじゃ」

「無いかもしれないとしても、だよ?」

 それでも、きっと言うしかないっていうのは彼女の表情を見て分かった。

 だってお姉ちゃん。

「お姉ちゃん……泣いてるの?」

「泣いてないっ! けど……」

 それを見て、僕は気づいてしまった。

 僕がしでかしたことが――もはや気持ち悪いとかそんな次元で済む話では無いってことに。


 ◇


「まずは、ごめんなさい」

 勝手に服を着てしまったこと。部屋をこそこそといじりまわしたこと。

 別にやましいことをするって意図は全く無かったけど。でも、不快にさせちゃうことだったよねって思って。

「それは……いったん良いよ。でも、なんで女装なの?」

「それは……」

 そこで言い淀んでしまう。どこから伝えれば良いのか分からなかったし、さっきも言った通りでそもそもそこに大した理由なんか無かったわけなのだから。

 でも……。

「良いや。もう全部言っちゃう!」

 ダメだ。そこで言い淀んじゃうから、ますます僕のせいでお姉ちゃんが追い詰められることになっちゃうんだ。

 だったらここはしっかりと、今までの経緯をぐちゃぐちゃでも伝えなくちゃ。

「答えを言えば、大した理由なんて無かったと思うんだ」

 最初はほんの興味本位のつもりだった。 

 ここ最近、僕の中で『男らしさ』ってものに疑問を持っていて。そのタイミングで、お姉ちゃんのワンピースを見つけて。それを着たら、疑問に答えが出るのかなってホントにその程度で着ちゃったってだけで。

 けどいざそれを着てみると、「女の子の服。言っても悪くないな」って感じるようになって。それは彼女の中学校の制服を着て疑問が確信に変わって。……本当に、それだけのことだったんだ。

「……けど、お姉ちゃんからすれば気持ち悪いって思ってもおかしくないよね」

 それが、この女装のすべて。

 でもこれ以上、家族を傷つけるわけにはいかないから。

「だから、これは今日でおしまい」

 僕が男の子らしさになじめるかは分からないけど、むしろこれで良かったのかもしれない。

 お姉ちゃんは泣かせちゃったけど、もしこれがもっと大事(おおごと)になった状態で発覚した時のほうがむしろ取り返しのつかないところなのだろうから。

 そう言って、改めてボタンを外そうとした時だった。


「……じゃあさ。望海は女の子になりたいってこと?」

「……えっ?」

 

 お姉ちゃんが静かに問いかけるその言葉に、僕は言葉を失った。

読んでいただき、ありがとうございます。

お気に入りや評価が着々と増えていて感謝感謝です。

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