5.「僕は『へんたい』にしかなれない?」
「―――――――何やってるの?」
それは僕にとって「日常の崩壊」を。
お姉ちゃんにとっても、「あってはならない出来事」を……意味する言葉だった。
「あっと……ごめんなさい」
「とりあえず、着替えてきて」
話はあとで聞くから。そうとだけ言って、彼女は部屋に入り僕は部屋から追い出された。
ほんのわずか数十秒程度。
たった二言、三言程度の言葉のやり取り。
それなのに、その間に起こった出来事はその二言三言には収まらないだけの情報量と感情が生まれていて。
「……サイアク」
悪いのは僕だ。
だって、勝手にお姉ちゃんの服をパクって勝手に汚して。
いや、決して汚したわけでは無く大切に使おうと――そう思って着てはいたさ。
でもさ、そんな僕の気持ちは――少なくともお姉ちゃんには伝わってはい無いわけ。
だって彼女から見れば、僕は「女装した変態弟」にしかならないのだから。
……そうだとしても。
「お姉ちゃん、入っていい?」
コンコン、ってノックをしてからそう訊ねた。もちろん、男の子の服で。
だけども。
「ごめん。今は……話したくない……」
そうだよね。あんなの見せられて、すぐに気持ちの整理がつくわけないよ。
「悪いのは、僕だ……」
分かってる。あってはならないことだって。
いくら「居心地」が良くて「安心」できるのだとしても。やましいことが全くないとしても――男は、女の服を着てはいけない。
だって女装は、どれだけ理由を重ねたところで。
ただの変態行為でしかないのだから。
◇
それから、お姉ちゃんと話すことは無かった。
夕食にもお姉ちゃんは姿を現さなかったし、そもそもリビングに降りてきさえしなかったのだから。
もちろん「話したくない」って言ってたくらいだから、きっと顔も見たくなかったのかなって。
そりゃ、そうだよね。
「僕でも、ショックだと思うから」
弟が女装してただなんて。仮に僕がお姉ちゃんの立場でも、そう思ったと思うから。
ところが――。
「ちょっと、良い?」
僕が女装したことがバレた次の日。
朝、お母さんが出勤した後で僕はお姉ちゃんにいきなり呼び出された。
――キモチワルイって、詰められるのかなぁ……。
そんなことを思いつつ、お姉ちゃんに従って廊下を歩く。
といっても普通の一軒家だし隣の部屋なんだからそんなことを考えるほどの時間的なゆとりがあるわけもなく。
「……おじゃまします」
嫌だなぁ。怖いなあ――そんな気持ちを抱きながら部屋に入ってみると。
「……えっ?」
お姉ちゃんのベッドの上には、彼女が中学生くらいに着ていた服が上下でコーディネートされた形で置かれていた。そしてクローゼットにも、同じような服が。というか、昨日着ていた服さえ……。
「どういうこと?」
意味が分からなかった。
そもそもお姉ちゃんはとっくに中学生って時期を終えていて、しかも今じゃ大学生。それなのに中学生向けの服を出して。
「望海はこういうの、好きなんでしょ?」
「それは……」
昨日の今日でこれだから、なんていうのが正しいかは分からなかった。そもそもどうして、昨日あんなことを言って。もちろんお姉ちゃんが悪いわけじゃないけど、でもそれでもあれだけ動揺していたはずなのに……?
なのに彼女は、僕が疑問でフリーズしていることに構わず。
「良かったら……着てみない?」
そんなことを、言い出したのだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
すみません、毎回更新が遅れて。色々現実が忙しくて更新が滞っていました。
ある程度山場を越えたので、これからは徐々に更新をしていければと思います。