3.「クセになっちゃう」
姉のワンピースを着た次の日。
僕は何事もなかったかのように普通に登校した。
普通に登校して、普通に授業を受けて。それって、全国の中学生と同じように当たり前の一日を過ごしているだけって言うのに――。
「でねでね、駅前のコスメショップが――」
「え~! じゃあ来週行ってみようよ!」
……何かが、変。
何が変なのかって言われると何だか上手く言えないんだけど。表現ができないっていったほうが正しいのかな? 何だか背中がむず痒くなるような、そんな言い方なんだけど。
――うらやましいなぁ。
立ち話をしている女子たちをちらっと見ながら、ふとそんなことを思う。
別に彼女たちが何か特別なことをしているってわけでは無い、とは思う。
だって、話してる内容は僕にはさっぱりなんだけど、目の前に映るのは女子生徒が3人くらい集まって立ち話をしているってこと。そんなの、このクラスだけでも十二分にありふれていることだし、なんなら僕だって男子で立ち話をすることもあるだ。
ただ、それはそうなんだけど……って頬杖をついたその瞬間っ!
「なんだよ望海、あいつらをちらちら見て」
背中を雑にポンって叩かれて慌てて顔を上げると。
「どったの? 元気ねーみたいだけど」
「なんだ、祥太郎か……」
話しかけてきたのは、僕の一番の大親友――瀬野祥太郎だった。
さすがに幼稚園からの付き合いってだけあって、何となく僕が気分の乗らないことはあっさりと見抜かれちゃったみたいで。
「悩み事か? 相談なら乗るぞ」
そう言ってニコッと笑う。
昔から正義感が強くて明るくて真っ直ぐな男の子。
そして、僕が困っているときはいつだって手を引いて引っ張ってくれた頼もしい男の子。
大したことじゃない一言かもだけど、その一言に僕は何度も救われているんだよなって思いつつも。
「いや、別に悩んでるってわけじゃないんだけど今日はちょっと気分が乗らないと言うか」
そう言って、目をそらす。
だって、まさかこいつに知られるわけにはいかないでしょ。
僕がこの時考えていた内容がまさか――。
◇
そしてあっという間に放課後。
シャワーを浴びてさっぱりしたところで、僕はかねてより考えていた計画を実行した。
「おじゃまします……」
そうして入ったのは、僕の部屋――ではなくてその隣。扉に掛かる「小町」というプレート。軽くノックだけして、僕の姉――韮崎小町が居ないことを確認して彼女の部屋に入る。
ほのかに香る女性らしい部屋にクラっとしつつ、僕はいつも向かうマンガがある本棚……ではなくて、彼女の服がしまわれているであろうクローゼットへ。
さっそくクローゼットを開けて掛かっている服を左から眺めると……。
「卒業したのに、まだ残しているんだ……」
まさかまだ残しているとは思わなかったけど、それでも僕が目当てにしていたものはあっさりと見つかった。
お目当ての服をハンガーごと掴んで改めて眺める。
僕が着ようと思っていた服――濃紺のジャンパースカートに白いブラウス。それは、僕が通う中学校の制服だった。
◇
もちろん、いつまでもお姉ちゃんの部屋にいても仕方ないので、さっさと自分の部屋へ戻って改めてその服を袖に通す。
「……逆なんだ、ボタンの位置」
女子用のワイシャツ、ってくらいでしか考えてなかったんだけどやっぱり男子用と女子用って若干違うんだ、って妙なところに感心しつつ服を傷つけないようにジャンパースカートをスカート部からかぶるようにして着る。
最後に、これは男女共用の学校指定ハイソックスをはくと。
「……完全に女の子だよこれ」
まだ2回目だけど、それにしても妙に似合ってしまうこの服装。
なんとなくだけど落ち着くスカートのひらひら。胸元のリボン。
それを見て、さっきまでの何とも言えない違和感が消えて安心感に変わる。
しかも見た目が、姉の中学生だった頃の面影に何となく似ていたのも幸いだった。もしもこれで僕が、女装したキモチワルイおっさんみたいになっていたら、きっとショックで倒れていたのかもしれない。
にしても……。
「まずいな。これは、もしかしなくても癖になったのかぁ?」
頭を抱えつつ腕を組む。
確かに、姉の部屋のクローゼットから昔の制服を借りて着ようと、そう考えたのは僕自身ではある。あるのだけども。
けど、昨日の僕は女装してでもそれって変態趣味っていったんはやめたんだよ? どうしてそれなのに同じことをまたやろうとしたのか。
しかも今回は、姉の服を汚さないためとはいえ事前にシャワーまで浴びて体操服も新しいのに変えたあたりがまた。
前回はまだ、衝動的な行動だからって言い訳できるかもだけど……今回はすっごい用意周到だからさ。それがなんだか、より一層僕の行為の変態性を高めている気がした。
ただ、それはそれとして。
「でも、なんだか似合ってるんだよなぁ」
鏡を見て、改めて感心する。
ちょっと髪が短い、っていう欠点はあるもののそれを差し引いても今の僕は中学生の頃のお姉ちゃんそのもの。まるで女の子みたいで、なんだか不思議と安心するのは……紛れもない事実だった。
もちろん、男が女子の制服を着ている。それは、文化祭の出し物やギャグとしてやっているのであればともかく、そうでなければどうあがいても変態と呼ばれる行動なのは分かってる。
僕だってきっとそんな女装している人を見たら――たぶん二度見はすることだろう。
それくらい、一般的に考えればこれはおかしな行動なんだ。そんなことは、十二分にも分かっているんだけど……でも。
「――分からない、んだよね」
変態って世間は言うのだろうけど。
男が女の服を着るのは変だって言われるんだけど――それでも、男子制服を着るよりもしっくりくるというか。まだこっちのほうが、納得するような。
何だか、冷静に感情を整理しようとすればするほど……分からなくなってきちゃうんだ。
韮崎望海は――男なのかってことに。
鏡の自分に問いかけたその瞬間、ふと2年前くらいの出来事を思いまだす
「そういえば……」
2年前。つまり、僕が中学校に上がるほんの直前の話にも。
――なんで男の子は、学ランなの?
同じこと、疑問に思ったっけ。
奇しくもお姉ちゃんの着ているこういう時だからこそ思い出したっていうのはあるのかも。それにこういうのって、後出しじゃんけんみたいじゃん? あの時そんなこと思ってたのにって、今さらになって話を持ち掛けるのはさ。
あの時はそれでもまあ、そういうもんだから仕方ないよねって納得したけども。
一緒に採寸をした祥太郎は喜んでいたから、それが普通なのかなって思うようにしたってのもあるけど。
「何だか、ぐちゃぐちゃだよ……」
そういって、ベッドに横になる。
鏡に映る姿は、その姿は――まるで少女みたいだったのだろうけど――今の僕はまだ、そんなところまで気が付かなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。
女装がクセになりつつある望海。はたからみればただの変態なんだけど――はたしてそれで良いのか⁉
次回に続きます。
2020/12/20 文章後半部を修正しました。
修正前はのん気にお菓子を食べに行く場面でしたが、そこを多少差し替えています。