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晴天翳りし  作者: 和鏥
7/32

第弐章 屋敷(5)

 三


「大変、だったろう」


 若旦那が言ったのを確認した後、小鳥遊は女中に近寄った。

 青ざめた顔の女中は「平気です。大変お見苦しいところを」と言ったが、その瞳は涙で揺れている。


「小雪さんはこの中で一番若いから狙われるんだ。ずっと入れ替わり立ち代わり婆さんたちを雇っていたからなあ」


 と、言うのは小雪を庇った男だ。


「ここで庭師をさせてもらっている、徳峰とくみねです。こちらは女中の小雪さん。あなたは三郎さんと来た……」

「小鳥遊です」


 小鳥遊はそう言って頭を下げる。


「あの人に何か貢献しろと言われたのですが、なにせ来たばかりで右も左もわかりません。落ち着いたらでいいので教えてくれませんか?」


 そう言って小雪に再度頭を下げれば、彼女は「まさか自分が人様に教えるなどと」と笑って首を振った。が、その衝撃で耐えていた涙がぼろりとこぼれ落ちた。


「教えておやりよ。この人は庇ってるんだぞ。そんな泣き顔で家には戻れんだろうよ」


 徳峰がきっぱりと言うと、彼女はようやく口をへの字に曲げた。我慢していたであろう涙が堰を切ったかのようにあふれた。

 小鳥遊とさほど年齢変わらぬ女は、涙が乾くまでという条件で彼らと一緒に草むしりをすることにした。

 教えると言う大義名分がある以上、彼女に罪悪感は生まれないだろう。というのは小鳥遊が勝手に考えたことだ。


「若旦那の様子は驚いたでしょう」

「あぁ。あがな態度は見た事がない」


 家から少しだけ離れた所で草むしりをしながら小鳥遊は小声で憤慨する。


「いつもなのですよ」

「難儀にゃ。そこで働くのもつらかろうに」


 先生の元で働いているためか小鳥遊はサクサクと雑草を抜いて行く。そうしてつい興奮してお国言葉が出ているのを思い出すと咳払いを一つする。


「イヌコのニエになれと言われたのです。あの様子から見るに、それはきっと悪い事でしょう。ですが、私は肝心のイヌコを知らないのですよ」

「ここの言い伝えなのですよ。私も詳しくは知りませんが、子供の悪鬼だとか、妖怪だとか、怪異だとか」


 そう答えるのは無心に草を引き抜く小雪だ。そうやっていつもうさを晴らしているのだろう。そうして先ほど荷物を受け取りに来た女中のように感情のない動きになっていくのだと小鳥遊はぼんやり考えた。が、それよりも先に彼女の放った言葉に驚いて再び眼鏡がずれ落ちた。


「ここの家に憑く?」

「ここの土地に憑く方だと思います。……ごめんなさい、なにせ私も怖くて聞いていないのです。それに、この話をすると祟られると聞きまして」

「実際祟られた人はいるんですか?」

「一人」


 女中はそこまで言って顔を伏せた。言うつもりなどなかったらしい。その様子を見た徳峰が苦笑いをする。


「もう噂になってるんだ。気にしちゃいけねぇよ。でもねぇ、小鳥遊さん。これは内密に頼みますよ。今度は尻を叩かれるだけじゃ済まないから」

「もちろん言いませんよ。誰がそうなったなど名前も聞きません、ですが、祟られたらどうなるか、その内容が知りたいのです」


 小鳥遊はそう言うと二人はどこか心当たりがあるらしい。

 それらしい言葉を探そうとしているのか目はせわしなく動いている。そうして徳峰がぽつりと漏らした。


「犬になったと」

「犬に」


 小鳥遊の言葉に女中は頷いた。


「水が欲しいと言いながら水を怖がり、奇妙な動きをして……、二日ほどしたらぽっくりと……」

「先ほどの若旦那の名前は一郎いちろうさんであっていますか?」


 少しの沈黙の後、小鳥遊は尋ねると女中は頷いた。


「では、次男は……」

「えぇ、もう先に来ていますよ」


 となると、犬のなったのは次男ではない小鳥遊は確信した。正気ではないといえばあの一郎が怪しいのだが、憎らしいことに先ほどの言動では犬には見えない。


「その祟りは三年前ですか?」


 問えば、二人はとても気まずそうに頷いた。となると、死んだのはここの奥方だろう。


「言わないでくださいよ」

「もちろん」


 ふと、遠くで別の女中が小雪を呼んでいるのを耳にし、三人は振り返った。


「あぁ、もう行かないといけないね」

「気を使ってくれてありがとうございました。小鳥遊様」

「気にしないでください。下働き仲間なんですから」


 小鳥遊はへらっと笑い、ずり落ちそうな眼鏡をあげた。

 小雪は再度二人に頭を下げると小走りで家へと向かう。

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