第弐章 屋敷(3)
二
「若旦那様」
「おめェ、よくも余計なことを言いやがって! 誰に食わせてもらってると思ってんだ! 学もねぇオメェのことを!」
若旦那と呼ばれた男は大股でこちらに近寄ってくる。
小鳥遊は茫然とその場に立ち尽くしていた。とくに、インカイはまるで怯えた子供のように益々体を丸めて彼が近寄るのをおとなしく待っているようだった。
「また余計なことを言ったら今度こそ出てってもらうからな? わかってんのか? あ? おめェも、なんだ? 使用人か? よくもそんな派手なカッコして、バカにしとるんか?」
「い、いいえ。めっそうもありません」
と、言いながら洋装していた小鳥遊は内心毒づいていた。
学がないといいながら、その外見はよっぽど若旦那の方がひどい。
上等そうな着物は汚れ、着崩れている。顔も洗っていないのか垢に肌の色が変わっている。それだけではない、酒と汗、そして加齢臭が余計に不快さを際立たせた。
「だったらよう、だったら早く仕事をせんか! おめェも、黙ってねぇで、ここに来たなら一つくらい役に立ってみろ。え?」
そう言われてインカイは逃げるように(実際は逃げているのだが)その場を去った。
一方で役に立ってみろ、と言われた小鳥遊だが、その前に「暇を潰していろ」と言われ見知らぬ土地で一人放置されたので行くあてもない。形だけの度の入っていない眼鏡をぐいとあげながらどうしたものかと考える。
それでもぼんやりしていると、若旦那はさらににやにやと笑った。怒っている雰囲気を出しているのに表情は笑っている。
嗚呼、心の病を持っている。と、小鳥遊は感じ取った。
実家にいた時、そんな客を見たことがある。狐憑き、猫憑きなどと言われた人間は興味を見つけた幼子のような輝く瞳を持っていた。
本当に触れてもいないのに障子が吹き飛ぶということは数人に、いや数十人に一人くらいしか見ていない。
大抵話を探って行くと、やれ姑に虐められた、やれ旦那と気が合わないなどといった現実的なことが理由で気が触れてしまったことが多い。
その彼らと、この薄汚れた若旦那にはどこか通ずるものを感じる。
何かがあってこうなってしまったようだ。それはあのやせぎすから病気かもしれないし、元々生まれ持った性格として持っていたものかもしれない。