第弐章 屋敷(2)
「ボクは物書きもしているんですよ」
と、自慢げに言えば相手は益々驚いた顔をした。
「なんともまぁ、やはりそうだと思いましたよ。だって顔つきが違います」
それは単なる世辞かもしれなかったが、普段褒められていない小鳥遊にとってはとても気分の良いものだった。
「良いものができたならば、その時は見せてあげましょう」
などと確証もないことを言えば、インカイはどこか恥ずかしそうに、しかしどこか自信あるような笑みを見せた。
「それならばひとつ面白い話をしましょう。きっと、もしかしたらですが、先生のネタになるかもしれません」
「ほう、どんなネタかね」
いつも先生にやられる行為をするとなんと清々しいことか、小鳥遊は髭一つも生えない顎をさすりながら言う。
「ここだけの話です。ここにはイヌコと呼ばれる妖怪がいますんですわ」
怪異、と聞いて小鳥遊は顎をさする手を止めた。嫌な予感が背筋を凍らす。
「イ、イヌコ? それはなんという字を書くのですか?」
「私は学がないのでてんでわかりません。夕陽に照らされて顔は見えない、服も見えない。だのに、遠くからでも子供とわかる」
「それは……、大きさから推測できるろう?」
「いいえ、うんと遠いのですよ。イヌコは手を振り回し、ここだここだと言うのです。見つけて欲しいのでしょう。そして見つけた人を憑き殺す。特に稲田は……」
インカイはそう言って立派な屋敷を見、そしてゆっくりと小鳥遊を見た。
「裕福でしょう? だからイヌコは自分を見つけて子にしてくれとせがむのです」
「妖怪なのに?」
「なり変わり、なのでしょうよ。うちから食って子供に化ける……」
「インカイイ!」
小鳥遊が「そがなバカなことを!」と叫ぶ前にどこからかインカイに向けて罵声が飛んできた。二人の視界の先には中年の男がいる。
頭をボサボサにし、服も乱れた男はひどく興奮した状態でインカイを見ると持っていた石を投げるそぶりを見せた。