第壱章 遠征(2)
ターニングテーブルの簡単な説明を終えた小鳥遊は、この部屋とは正反対の眩い中庭を見る。
彼は「晴天か」と忌々しげに告げると、椿に足を向け小鳥遊は寝転んで空を見た。
「小鳥遊様は、お嫌いですか?」
「ええや、晴れは好きだ。だけんど、去年のことを思い出してしまう」
先程まで威勢の良かった彼は身を隠し、今はひっそりと憂鬱に浸っている。願掛けに伸ばした長い小鳥遊の黒髪はより一層その物憂げさに拍車をかけていた。
「酷い話にゃ。救いようがない」
その雰囲気に飲まれたのか、それともこれから話をされることを察したのか、椿は改めて姿勢を正す。
「聞くか?」
彼の問いかけに椿は頷く。
「初子。いるろう? ちっくとこっちの部屋に来て、扉をしめとーせ」
初子と呼ばれた椿の使用人は部屋のすぐそば、廊下で待機していた。客がこのお嬢さんに無礼な態度をとらぬよう見張をしていたのだ。
彼女は一瞬たじろいだ。
主人の言いつけと、客人の言いつけを秤にかけどちらが賢い選択かを選び抜かなければならない。
「いいんですよ。私がそうして欲しいのです」
椿に言われ、とうとう初子も部屋に入る決心を持った。
「失礼します」と頭を垂れ中に入る。それでも部屋の隅、小鳥遊が突然出ていくことが出来ない場所へと座る。
小鳥遊は初子がしっかり座ったのを見届けた後、のっそりと起き上がり、あぐらをかいた。
「去年、仕事が入った。『難しい話は言わない。家に帰るから荷物運びをしてほしい』。そがな内容やった」
椿は去年のことを思い出す。
ここは、いろんな客人がそれこそ毎日代わる代わる来るような場所だ。しかし、彼が来たことを一度も忘れたことはない。
なぜなら彼は毎回ひどく取り乱しながら「お守りを今すぐ大量にくれ。でないと今度こそ死んでしまう」と泣きついてくるのだ。
去年の夏、確かに彼は何度か泣きついてきている。
そのうち、一度だけ泣きこそしなかったが、念のためにとお守りを五つ程もらいに来たことがあった。
その後、無事生還したという報告こそ受けたが詳細は聞いていない。毎度同じように疲労困憊で帰って来て、礼をしてすぐに帰ってしまったからだ。
「先生からお暇をもろうて、とある田舎に行った。依頼者は稲田とええ、由緒ある一家の三男坊……」