第陸章 朝方(2)
二
行き場を失った小鳥遊は小雪の姿を見て彼女に近寄ろうとし足を止めた。そこにはすでに先客がいる。
「いく場所がないなら」
そう言うのは徳峰だ。
彼はどこか照れ臭そうに、しかしどこか深刻そうに小雪を見つめている。彼女も色々言われたのだろう少しだけ頬を染めてはいたが首を振っていた。
小雪は周囲を気にしてかとても小声で返答していた。だから、彼女が徳峰に何を言ったのか小鳥遊にはわからない。
「惚れてるんですよ」と言うのは小鳥遊と同じように隠れて茂だ。
「徳峰さんは外から来たんですか?」
小鳥遊の質問に茂は頷いた。
「あの人もあなたみたいに何度も一郎さんに食ってかかったんですがねぇ。一郎さんはその怒りを徳峰さん本人じゃなくて女中にぶつけたんですよ。だからやめる女中が多くて……。だけど、金をやるから黙ってくれと言っているから何も知らぬ人間がここに働きに来るんです。……ここは金には困らんのですよ」
茂はそう言って力なく笑った。
「米はこの村の人たちにやらせているんです。自分はただただそこにいるだけ。稲田はそうやって成り上がってきたんです」
「働かざる者食うべからずとは言うけれど……」
小鳥遊はそう言いながらこの家の主人と兄弟たちを思い出す。誰もが裕福にかまけて性格に難があった。それが特に出ているのは一郎だろう。
「他にも被害者がいるとか」
「そりゃ大勢いますとも。この村に住む誰もが被害者ですよ。稲田が右を向けば皆が右を向かなくちゃいけないんですからねえ」
茂はそう言ってため息をついた。
「特にひどいのはインカイ家ですが」
「……ここから少し離れた場所、山に一見だけあるぼろ家はインカイのですか?」
昨日行った問題の家を指させば茂はさっと顔色を変えた。
「まさか行ってないでしょう?」
その切羽詰まった表情では「行って奇妙なものを見た」などとは口が裂けても言えなかった。
「あの家が、イヌコと稲田と関係があるんですか?」
「許してください。言ったら祟られるんですよ」
「でも、昨日の様子は皆が皆知っているようでした。皆が知っているということは、やはり誰かが伝達をしているということなんですよ。勿論、その様子を見る限り、皆知っているようですが」
昨日、遠吠えを聞いた瞬間の彼らの形相は凄まじかった。
知っていなければあんなに怯えないだろう、その比較として小鳥遊と三郎の妻だけが取り残されたかのように反応しなかった。