第陸章 朝方(1)
フロイト曰く「力は、あなたの弱さの中から生まれるのです。」
一
朝。
昨日のことを誰も何も話題には出さなかった。
それに憤慨した小鳥遊は文句の一つでも言ってやろうと思ったが、それだと小雪の侮辱になると窘めれられ渋々口をつぐんだ。
妻を亡くした二郎はすぐさま「父に発覚する前に警察を呼んでくるよ」とだけ言い早朝から家を出た。
「あいつはどこにいるがよ。何もされちょらんだろうな?」
一郎がいないか警戒しながら小鳥遊は女中たちに言う。寝不足の彼女たちは首を横にふる。
「若旦那様が起きるのはお昼すぎですので……。それに昨晩は相当腹が立っていたのでしょう、遠くですが怒鳴る声も聞こえたので、起きてくるのは遅いでしょう」
それを聞いて小鳥遊はようやくほっと息を吐いた。
「つらかろうに」
「同情されては困ります」
女中の一人がぴしゃりと言い退け、小鳥遊は言葉がつかえる。
「貴方の邪魔がなければ小雪は解雇にはならなかった」
「じゃあ、ただただ襲われるのを見てろ言うがか?」
「では、あなたは小雪を養えるのですか? まさか一時の感情に流されて助けたわけではないでしょうね」
そう言われて小鳥遊はさらに返答に困る。
先生の下で暮らしている書生は明日食らう飯にも困っている。実家はここには負けるが裕福ではある。が、家には戻りたくもない。
答えに詰まっている小鳥遊を見、女中は鼻で笑った。
「だからよそ者は嫌いなんですよ。無駄に義侠心なんか見せちゃって」
「……ボクだけではない言い方をするんですね」
小鳥遊は一度落ち着いてからそう言うと、女中は初めて動揺を見せた。
「別に……。ここは出入りが激しいから」
「使用人がころころ変わるのはやはり皆がここはおかしいと……」
「余計な詮索は困ります」
女中はそう言って、早足で台所へと姿を消した。