第肆章 夕餉(1)
ニーチェ曰く「ある程度までのところ、所有が人間をいっそう独立的に自由にするが、一段と進むと所有が主人となり、所有者が奴隷となる」
一
夕食も夕食で問題があった。
綺麗に食べ物が乗った善を並べ揃った一家はしかし、一瞬即発の状態で箸を動かしている。
隣の部屋で待機している使用人たちも生きた心地はしなかった。というのも原因が家の長である父親の勝美が最初からひどく苛々していた。
もたもた全員の箸を並べるインカイを罵倒し、足蹴にするのはもはやそういったしきたりのように見える。
震える手が原因で、二郎の箸を床に転がしてしまい、蹴られながらも台所に向かい、洗って、再度膳に置く自分より年上の男。それを見て小鳥遊は世を儚むことにより現実逃避をする。
どうにかこうにかようやく食事が始まった。使用人は台所で後片付けを行うか、いつ呼び出されてもいいように隣の部屋で待機している。
「二郎は今何をしている?」
「明治に発見された奇病について調べているんですよ。なにせ、難しい問題で、どうにか治療法を探しているんですが……。でも、それを解決すればこの家にも貢献できますよ」
二郎はそう言いながら最初にカボチャの煮付けに箸をつけた。しかし、芯まで火が通っていなかったのか、彼は箸を持つ手に力を入れる。
せめて身でも解そうと箸をなすりつけ、突き刺し、そしてとうとう彼は嫌な顔をしたまま隣にいる妻に一回も口に入れなかった南瓜を皿ごと押し付けた。
「これがまた時間がかかりそうで、なかなか家にも帰れない。これでも、子供ができたと思うとぞっとします」
そうして、黙々と食べている三郎を見「どうして子なぞ作ったのか」と言った。
子供が好きな三郎にそれはよほど禁句だったのだろう。
「仕事が好きな兄さんとは違いましてね。よほど事業が成功していると思いますが、ボクはまだまだなので」
と言い、それで二郎は機嫌を損ねた。
「妻と話をしているほうが楽しいのですよ」
三郎はそう言って妻を見て微笑む。
派手な二郎の妻とは違い、三郎の妻はとても質素だった。
といってもそれは着飾られた美と元からある美はあまりにも歴然で、それがますます二郎家にとっては面白くないのだろう。
ましてや性格に難のある一郎は結婚とはほど遠い。
「インカイ!」
この沈黙を破ったのは当主、勝美であった。彼の一言に廊下で待機していたインカイが転がり込むように部屋に入る。
「ど、どうされました」
「なんだこの野菜は。こんな切り方はあるか」
彼が怒鳴り、インカイはびくりと体を硬直させる。
それに一郎が「上手に切れるわけないわな」と笑い、二郎が「都会では通用しないな」と呆れる。
インカイはぺこぺこと頭を下げた。