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晴天翳りし  作者: 和鏥
11/32

第参章 廃屋(2)

 二


「ごめんください」


 ようやく覚悟を決めた小鳥遊は、開かれたままの玄関に立つ。ボロ同然の草履が転がり、床と地面の差が分からないほど泥で汚れている。風呂に入る習慣がないのか、それとも風呂がないのか。そう思わせる汚さは黒く汚れ、あるいは破れてしまった障子やふすまにも見て取れた。


「ごめんください」


 玄関から一歩も入らず小鳥遊は再度声をかける。ふと獣の臭いが鼻をついた。それは吊るされた鶏からするのだろうか。

 ただの獣臭さというよりは何日も風呂に入っていない。それどころかそれは死臭を思わせる。


「ごめんください」


 三度、小鳥遊は声をかける。

 一歩踏み出すのにさらに勇気がいるのは、寒さがより一層強くなったからだ。

 入ってはならないと脳が心が警告している。それに呼応するかのように椿からもらったお守りがますます熱を持つ。

 意を決して、小鳥遊は玄関に入るのをやめた。

 お守りを尻ポケットに突っ込み、呼吸を整える。

 番傘を握りしめ、そして()()()()()()()()()()()()()()()


「どういてついてくるがよ」


 背後の何かに声をかける。

 家についてから感じとる寒気は、一向に拭えないその視線なのかもしれない。

 もしかしたらこの家の主かもしれない、と思って声をかけた。しかし、返事をするものは誰もいない。

 静寂が周囲を包む。

 先ほどまでのんびり鳴いていた鳥は身を潜め、羽ばたこうともしない。風も消え、ただただ暑い空気が体にまとわりつく。だというのに、一向に寒気は強くなるばかりで拭えない。

 小鳥遊は振り返りながら仕込み傘から刀を抜いた。

 銀色に輝くそれは、しかし獲物を舐めとることはできなかった。


「外したか?」


 舌打ちをして小鳥遊は再度構える。だが、己の背後には誰もいない。

 驚いて周囲を見ても誰もいない。それどころか、人の気配は……先ほどまでの視線は消えていた。


 おうい、おうい。


 静寂を破ったのは遠くの方から聞こえた子供の声だ。

 声を探してみると家よりもだいぶ先、山の方だ。そこにも田んぼがあるのだろう。

 そんなところに一つ、子供の影があった。

 逆光で分からないが、その大きさから子供と推測できる。しかし、逆光のせいでどんな着物を着ているのかもわからないければ、表情も暗くわからない。

 男女すら分からぬその子供は突っ立ちながら両手両足をバタつかせ「おうい おうい」と小鳥遊を呼ぶ。


「今のはおんしゃか?」


 小鳥遊は尋ねるが、声は「おうい、おうい」と言うだけで返事はしない。表情もないせいでどんな顔をして呼んでいるのか分からない。

 よく見てやろうと目をこらした小鳥遊は次の瞬間、恥も外聞も捨て悲鳴をあげて一目散に下山した。

 どうして気がつかなかったのだろうと小鳥遊は自分に叱責する。

 逆光なわけないのだ。

 自分は日傘をして、背に日光を浴びながらまっすぐここにやってきた。そしてその視線の先に子供がいる。

 目の前の人物に影がかかることはないのだ。

 ましてや、()()()()()()()()()()()()()()()()には矛盾が生じる。


「神様、仏様!」


 小鳥遊は泣きながらも傘へ納刀し走り続ける。

 小鳥遊を護衛にあたらせるのは常に裏があるからだ。こういった不思議なことが起きないことはない。

 小鳥遊の家系は代々こういったことに触れてきた。だからこそ最初はこの裏稼業全般やる気ではなかったのだ。

 今回は完全に失念していた。

 金持ちで人柄良さそうな夫妻だから何もないと思っていた。しかし、裕福で幸福だからこそ、こういった類を寄せつけやすいのだ。

 人は妬んだ時、鬼になる。

 そう言ったのは誰だったか。


「祟り殺される! 帰る! 今すぐ帰る!」


 背後の気持ち悪い気配が消えても、下山して稲田の家が見えてきても小鳥遊はその勢いのまま一度も足を止めなかった。

 ようやく稲田の門をくぐる頃にはぐいと顔を乱暴にふき、涙のあとを消した。それでも目元がうっすらと腫れていることは長い前髪で気がつかれないだろう。

 渡されたお守りを見れば、それは炭のように真っ黒に汚れている。考えなくてもわかる。小鳥遊が受けるべきものを代わりにそれが受けたのだ。

「ああああ!」

 彼は再び叫びながら台所に走った。


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