もしかして異世界?
荒涼とした、剥き出しの地面が目の届く限り広がっている。緑一本もなく、雲一つない青空に、赤茶けた岩が剥き出しになった荒野だった。
地平線の彼方に、巨大な山が聳えていた。完全な円錐形で、富士山と同じコニーデ型の美しい山容をしていた。どれだけ遠くにあるのか、ここからは判断できないが、気が遠くなるほど高いことは直感的に判る。
もしかして、ここは異世界?
僕は即座に、公共交通機関に乗り込んだ主人公が、異世界へ転移するSF作品を思い浮かべた。
すぐに思い当たるのは、テッド・ホワイトという作家が書いた「宝石世界へ!」という小説だ。
あの作品で、主人公の中年男性は、ニューヨークの地下鉄(だったかな?)からパラレル・ワールドへ移動する。その冒頭の場面が異様で、僕はよく覚えていた。
と、驚きの甲高い声に、僕は物思いから覚め、車内に注意を戻した。
「ねえ! 他の車両、どこ行っちゃったの?」
声を上げたのは、全身黒のコーディネートの、眼鏡女子だった。
彼女の背後には、電車の連結部分があったが、驚くことに、あるはずの次の車両がぽっかり無くなっている。
つまり、僕の乗り込んだ最後尾の車両だけが、たった一両残されている、というわけだ。
眼鏡女子は、不安そうな表情を浮かべていた。
あれ、あの女の子、最初に見た同じ女子とは思えない。
度の強い瓶底眼鏡は、今ではほとんど度が入っていない伊達眼鏡になっている。幽霊のように痩せこけた頬は、やや普通になって、そう気味悪くは見えない。
いや、改めて見ると、かなりの美人だ。
最初見た時とかなり印象が変わっている。
僕の見間違いなのか?
その時、別の悲鳴が上がった。
「やーん! 圏外になってる~!」
「LINEが繋がんないよお……」
「壊れちゃったのかなあ……」
あのメイド三人娘だ。
そっちに目をやり、僕はまたまた驚きに目を瞠った。
まるで三匹の子豚のような、太目の三人だったはずなのに、今ではスタイル抜群の、美少女が並んでいた。
しかも人種まで違っている。
顔を真っ黒にした女の子は、絶対日本人だったはずなのに、なぜかアフリカ系の顔立ちになっていて、どう見ても日本人には見えない。
その隣の、髪の毛を白いウイッグにしていた女の子は、北欧系の人種に変身していた。抜けるような白い肌に、コンタクトではない灰青色の瞳になっていた。髪の毛はプラチナ・ブロンドとなっている。北欧系にしては鼻はそんなに高くはなく、日本人好みの美少女だ。
人種が変わっていないのは、和服デザインのメイド服を身に着けた女の子だ。彼女もまた、切れ長の瞳をした美少女に変身していた。
しかも三人とも、巨乳!
まるで全身の余分な脂肪が、胸に集中したかのようだ。
あんなにデカい胸をしていたら、自分の爪先を見ることが出来ないんじゃないか?
余計な心配か……。
三人ともスマホを手にして、夢中になって操作していた。しかしメールが届かず、お互い顔を見合わせ「どうしよう?」と言いたそうにしている。
それなら、直接話し合えばいいのに。
舌打ちする音にそちらを見ると、あのミリタリールックの女が、苦々しい表情で三人を見ていた。
え?
彼女も変わっている!
最初に見たときは、どう見ても女子プロレスラーにしか見えなかったのだが、今ではスタイル抜群の、スーパーモデルか、美人アスリートといった雰囲気だ。
女性にしては肩幅は広く、逆三角形の体形に、すらりとした長身。彼女の股下は、完全に僕の臍あたりまで達しそうに長い脚をしている。
思わずボーっと見とれていたら、怒ったような目つきで睨まれてしまった。
しかしその怒り顔さえ、うっとりするほど美人だ。逆に美人ゆえに、迫力が増す。
なんだ、なんだ……どういうわけか、偶然居合わせた電車の乗客全員が、僕好みの美人、美少女に変身している!
これは──僕の心に、不埒な妄念がむっくりと頭をもたげて来た。
まるでハレム状態じゃないか……!
僕は慌ててそんな考えを打ち消した。
馬鹿なこと、考えている場合じゃない!
「あっ! キョロちゃん!」
姉妹の声にそちらを見ると、抱かれていたキョロが身をよじり、二人の手から床へストンと降り立ち、ととと……と速足で車内を移動していった。
キョロの行方を目で追うと、出入り口の方向へ歩いていく。
出入り口の前にキョロが近づくと、軽い圧縮空気の音がして、ドアが開いた!
開いたドアをキョロは何事もなく通過し、外の地面に降り立って、車内を振り返り僕らを見上げた。
え?
キョロのいる地面は、電車の床とほとんど同じくらいだ。
駅のホーム?
じゃなかった。
地面が高くなっている場所があり、そこが偶然、電車のドア近くにあったのだ。
そのため、まるで駅のホームに電車が停車しているように見えたのだ。本来なら電車の出入り口は、地上から一メートル半はあって、外へ出るためには、えいやっ! と、飛び降りる必要があったろう。
キョロは地面に腰を下ろし、前足を揃えて僕らを見ている。
まるで「出て来いよ!」と言いたげだ。
僕を含め、全員顔を見合わせた。
沈黙の中、意見が揃ったようだ。
誰ともなく、電車のドアから全員が外へと足を踏み出した。