オッド・アイ
擽ったさに、僕は目を覚ました。
目を見開くと、電車の天井が見えた。
何だろう。
頬に何かザラザラとしたものが触れている。
ゴロゴロという、猫の喉を鳴らす音。
猫?
視線を横に動かすと、真っ黒な猫が、僕の頬をしきりと舐めている。ザラザラした感触は、猫の舌が触れているからだ。
全身真っ黒で、金と銀のオッド・アイの猫。
キョロだ!
僕は弾かれたように起き上がり、床に座り込んで声を上げた。
「キョロ!」
キョロは僕の顔を見上げ「ニャア!」と一声鳴いて、尻尾をピンと立てた。
ゴロゴロ喉を鳴らし、僕の太腿に体を擦りつけた。
僕は身を擦りつけるキョロの背中を無意識に撫でながら、車内を見回した。
僕以外の乗客たちは、皆、たった今目を覚ましたように、床に起き上がったり、座席に座り込んでぼんやりと周囲を見回していた。
「猫ちゃんだあ!」
嬉しそうな女の子の声がして、パタパタと足音が近づいた。
あの双子の姉妹だ。
小学校低学年くらいか、僕は良く知らないが、私立の制服らしきものを身に着けている。
姉妹は目を輝かせ、僕の側に近づき、跪いた。
「この猫ちゃん、お兄ちゃんの?」
「あ、ああ……キョロっていうんだ」
「キョロちゃん! 可愛い名前!」
姉妹が跪くと、キョロはさっそく近づき、二人の間に割り込み、身を擦りつけた。姉妹は「わあ!」と歓声を上げ、一人がキョロを抱き上げた。
キョロは身体をぐったりさせ、ゴロゴロ壮んに喉を鳴らしている。
これだ……。
キョロは女性相手だと、ゴロニャンとなって良い子ちゃんを演じる。
どう見ても、僕の飼っているキョロそのものだ。
しかしなぜ、こんな場所にいるんだろう?
それに、直前に見た、巨大なキョロの顔。何か関係があるのか?
僕はキョロを夢中になって撫でたり、頬ずりしたりしている姉妹に話し掛けた。
「ねえ、君ら。何か見なかった?」
姉妹は僕の言葉に、顔を見合わせた。
「何を見なかったの?」
「何をって……その……」
僕は言い淀んだ。あの異変を、どう説明すればいいんだろう。それに、僕の感じるところ、この姉妹は、あの異変を全く経験していないような口ぶりだ。
もしかして、あの異変を経験したのは、僕だけなんじゃないか。
姉妹はすっかり、僕に対する警戒感を無くしたようで、打ち解けた様子でキョロと遊んでいる。
「キョロじゃないの!」
乱子の声だ。
僕はその方向を見上げた。
そこには乱子が……。
ん?
誰?
「君は誰だ!」
僕は見知らぬ女の子に向かって、声を掛けた。