異変!
空中に身を投げ出した姿勢のまま、僕は静止していた。
まるでストップモーションのように、僕は宙空で凍り付いていた。
僕の思考は急速に空転していた。
なんだ?
何が起きている?
僕は凍り付いた姿勢のまま、狂おしく視線を周囲に巡らせた。
どうやら凍り付いているのは、僕だけではなさそうだ。
目の前の乱子、それに車内の乗客たち全員、ピクリとも動かず、静止している。
電車の窓外の風景を見ると、そこも同じように静止していた。
周囲は高層ビル街で、その間を高架道路が横断している。午後の日差しが、ビルの窓ガラスを鋭く反射させて、電車の車内に差し込んでいた。
と、立ち並んでいるビル群が、一斉に崩壊し始めた!
前面のガラスに亀裂が走ると同時に、バーン! と弾け飛び、空中にキラキラと光りながら落ちて……落ちていかなかった!
逆に空に向かって、ガラスの破片が浮かび上がっていく。
建物の壁面が剥落し、骨組みが剥き出しになった。
ビルの破片が、空に向かって浮かび上がり、その間を人や、車が空に向かって落ちていく。
奇妙なことに、一切が無音で進行していた。恐ろしい光景だったが、完全に静寂のまま、崩壊は続いた。
空を見上げると、真っ黒な渦巻きが、天を支配している。総ての瓦礫がその渦巻きに吸い込まれていった。
渦巻きには時折、鋭く紫電が走り、吸い込まれた破片は瞬間、ぐいっと歪んで消滅していく。消滅した破片は、吸い込まれた時に光となって消えていった。
あれは……。
僕は確信した。
あの渦巻はブラックホールだ!
今までさんざん、読んできたSF作品に描写されてきたブラックホールそのものじゃないか……。
茫然と見上げていると、電車の車体が浮かび上がった。
うわあ……!
そのまま車体は他の車や、ビルの破片もろとも、真っ黒な渦巻きに向かって上昇していく。
僕は身動き取れず、何もできない。
不思議と恐怖は感じなかった。
それよりも、僕は内心、興奮を感じていた。
だってそうだろう。
僕は超のつくSFマニアだ。
SFマニアにとって、今体験している事態は、垂涎ものだ。憧れていたSF小説の世界が、眼前に繰り広げられているのだ。これを前にして、興奮しないでいられるか!
不謹慎と言われようが、僕はワクワクしていた。
どんどん近づく渦巻きの中心に、僕は信じられないものを見た。
それは二つの目だ。
右が銀青色で、左が金褐色。瞳孔が縦に伸びた猫の目。いわゆるオッド・アイってやつだ。
あれは……キョロの目じゃないか?
キョロ、というのは、僕が飼っている牡猫で、全身真っ黒でオッド・アイをしている。
三か月ほど前、酷い風雨のあった翌朝、僕の家に迷い込んできた仔猫が、キョロだった。
拾ったときは目も開かない幼猫だったが、家族で一生懸命育てた結果、三か月たった今では、何にでも興味を持つ活発な牡猫として成長していた。
とにかくあらゆるものに興味を持って、いつもキョロキョロしているので「キョロ」と僕が名付けた。
「キョロ!」
僕は心の中で叫んだ。
いったい、お前、そんなところで何しているんだ?
しかし目の前に近づくキョロの顔は、僕が乗り込んでいる電車の車体よりはるかにでかい。おそらく、全長数百メートルはあるんじゃないか。
その猫は、電車が近づくと、あんぐりと大口を開けた!
ピンクの上あごと、巨大で真っ白な牙が剥き出しになる。
そのまま僕の乗る電車の車体は、空中で待ち構える、キョロの口の中へと突っ込んでいった!
パクリとキョロの口が閉じ、暗黒。