乗客たち
乗客は総て女性だ。
女性専用車両だから当たり前だ。
まず目についたのは、身長180センチ以上ありそうな巨体の、迷彩服を身に着けたミリタリー・ルックの女性だ。髪の毛を短く刈り上げ、どかりと大股を開いて腕組みをしている。側にはキャスター付きの、特大旅行トランクを置いている。
彼女は席に座ったまま、ジロリと僕を見上げ、「フン!」とばかりに顔をそむけた。
女ターミネーターかと思える迫力の持ち主で、女性専用車両を利用する必要があるのかと、僕は疑った。
遠くの席には、僕は良く知らないがゴスロリというのか、ごてごてと細かな装飾をつけたメイド衣装を身に着けた、三人組の女の子が並んで座っていた。
どれもブクブクに太って、三人並んだところは三色団子を思わせる。三人が占有する座席の幅は、たっぷり五人分はあった。
一人は顔を真っ黒に日焼けさせ(ドーランかもしれない)、髪を真っ赤に染めて、ピンクとオレンジの色が爆発したような派手なメイド服を着ている。メイド服のデザインはチャイナドレスを基にして、髪型もお団子にしている。
その隣には、真っ白のウイッグにブルーのコンタクトレンズを嵌めた女の子だ。身に着けているメイド服は、全身真っ白で、メイド服というよりナースっぽいデザインの衣装を身に着けている。
もう一人は髪の毛は黒く、日本髪のような髪型にして、衣装もメイド服というより和服をアレンジしたようなデザインだ。
三人とも手にスマホを持ち、ひっきりなしに何か入力しあっている。多分、SNSを通じてお互い会話をしているのだろう。それなら、直接会話すればいいのに……と僕は思ったが余計なお世話か!
言い忘れたが、僕はスマホを持っていない。
高校生にしてスマホを持っていないなんて、相当変わり者だと思われているが構うもんか!
スマホを所持するような余裕があれば、一冊でも多く古本を手に入れたいと思っているからだ。大体僕は他人と年がら年中、繋がっていたいなんて考えない。スマホで繋がっている連中を見ると、気持ち悪いと正直思っているほどだ。
やっぱり変わり者?
反対側には、小学生低学年と思える姉妹が、硬い表情を浮かべて、僕を見上げていた。姉妹の視線には、怯えが見える。きっと僕を「ロリコンの犯罪者」と思っているのだ。
姉妹の隣には、全身真っ黒な服を身に着けた女の子が、膝にタブレット端末を載せ、しきりと画面をスワップして見入っていた。髪の毛はおかっぱにして、眉の上で切りそろえたスタイルで、太い黒縁の眼鏡を架けていた。眼鏡の度は恐ろしく強く、ほとんど瓶底眼鏡といった感じだ。
彼女はタブレット端末を操作することに夢中で、僕の存在などまるで気にしていないようだった。
ただし彼女は信じられないほど痩せていて、頬がこけた、昼間に間違えて迷い出た幽霊か、吸血鬼女という風貌。すくなくとも、夜中には出会いたくない相手だ。
乗客の全員が、僕と乱子の遣り取りには、まったく関わるつもりはなさそうだ。
ああ! このままでは、僕は女性専用車両に不埒な気持ちで乗り込んだヘンタイと思われてしまう!
まずい!
これは、ヒジョーにまずい状況だ……。
どうしたらいいんだ……。
乱子は真剣な表情で、スマホの画面にコメントを入力している。きっとそのコメントには、僕がスケベな目的で女性専用車両に乗り込んだことを、あることないことでっち上げて書き込むに違いない。
僕は大声を上げた。
「やめろよ! 乱子、僕は本当に間違って乗り込んでしまったんだ!」
僕の大声に、乱子は「フン!」とばかりに鼻で笑って、入力を続けた。まるっきり、僕のことなんか、無視している。
僕は乱子の手から、スマホを奪い取ろうと腕を伸ばした。
乱子は僕の動きに気づいて、さっと後ろに下がった。
僕は腕を伸ばした姿勢で、乱子に突撃しようと前へ出た。
その瞬間、電車がカーブを曲がり、僕は足元を崩して倒れかかった。
「わああああ~!」
僕はつんのめった。
電車の床が見る見る近づき、僕は目をつぶってしまった……。
その時、異変が生じた。