僕はただ急いでいただけなんだって!
人混みを駆け抜け、僕は駅の改札に定期カードをピシャリと押し付け、ゲートを全速力で通過した。
階段を駆け上がり、ホームに向かう。
ホームでは「電車が発車します」とアナウンスが流れ、駅員が指差し確認を繰り返している。
目の前には電車の最後尾、それも快速だ! これを逃すと、後は各駅停車しかない。それでは絶対、間に合わない!
わあ!
ドアが閉まるぞ。
僕は無我夢中で、閉まりかかるドアに猛然と突撃した。駅員が突進する僕に気づき「危ないですよ!」と大声で叫ぶが、構わずスルー。
ぎりぎりで車内に駆け込むと、同時に背中でドアが閉じ、僕は安堵の息を吐き出した。
ほどなく電車は走り出し、僕はドアに背中を押し付け、何となく車内を見回した。
ん?
何だろう……。
車内の乗客たちは、僕を非難の目つきで見詰めている。
乗客は数人だけで、全員女性だ。
全員女性?
えっ、まさか?
「キモタク、ここは女性専用車両だよ!」
うへ!
この女の子の声は……。
恐る恐る、声の方向に顔を向けると……いた!
僕の最も苦手な女子だ。
今日は休日なので、身に着けているのはジーンズの上下という簡素な出で立ち。髪の毛はポニーテールにして、僕を見て薄ら笑いを浮かべている。
彼女の名前は周布乱子。
小学校から、中学、高校と同じ学校に通い、クラスも一緒だ。まあ、同じ学校に通うのは、家が近所だから仕方がないが、クラスまでずーっと一緒というのは、運命の悪意を感じる。
ギョロリと飛び出した大きめの二つの瞳。逆三角形の顔立ち。これがもう少し、バランスが良くなれば、美少女と言えるのだが、アンバランスな目鼻立ちのせいで、どう見てもとんと女芸人。
欠点が一つ。
とにかく性格が最悪。
他人に意地悪をするのが大好きで、それも教師なんかにはバレないよう、密かに行うので、問題視されたことはない。僕は最も被害を受けた一人だ。
まずい相手に見つかった……。
彼女がこの電車に乗り合わせるのは、僕と同じ高校に通い、同じ地域で暮らすから、利用する電車も同じという必然でもある。だが、よりによってこのタイミングというのは最悪だ。
もうすでに、乱子の二つの瞳には、邪悪な光が宿っている。
何か悪企みを考えているのだ。
乱子はポーチからスマホを取り出した。
何をするのかと思ったら、カメラ・モードにして、僕に向かってシャッターを切った。
フラッシュが光り、僕は目をパチパチと瞬いた。
画面を確認して、乱子はニヤーっと笑いを浮かべた。
「見ろ!」
僕に向かって、画面を向けた。
画面には、茫然となっている僕の顔が大写しになっている。僕の背後のドアに「女性専用車両」という注意書きがあった。乱子はニヤニヤ笑いを浮かべながら、僕に向かって口を開いた。
「この写真をSNSに拡散してやる。面白くなるぞ……」
「おい、やめてくれよ! 僕はわざとじゃないんだ。慌てていたんで、知らなかった」
僕の必死の抗議に、乱子はケタケタと高笑いを上げた。
「そんなの、誰が信じるよ? 待ってろ、今いいコメントを付けてやるから……」
僕はドキドキして、車内を見回した。
その場の乗客たちは、知らん顔をして、僕と目を合わせようとしない。