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gy=c

「未来の話なんだけど、書かれたのが1970年代だから環境問題が重要なファクターになっているのよ。海は汚染され、人類は地下に築かれた都市に住んでいる。同時に地球以外の星系に植民する計画も進められていて、オルガの公式というのが出てくるの」

 唐突に奈美代は語り出した。

「オルガの公式というのは、植民に適した惑星を探す際の指標になる数式。それはgy=cと表されるわ。gは惑星の重力加速度、yが主星を回る公転周期。cは光速度ね。つまり惑星表面の重力加速度に、公転周期を掛けた数値が光速度に等しいか、近似値ならば、その惑星は生命の棲息に適しているという理論ね。この公式には、地球が当てはまるわ」


 途端に、僕の背後で調子はずれのオーケストラのような音が響いた。

 何事かと振り返ると、八咫烏がホログラフィー映像となって、僕らに向かい合っていた。本物の八咫烏より、半分ほどの大きさで、背後が透けて見えるのでホログラフィーと判る。

 八咫烏は話し掛けて来た。

「妙な理論ですね。地球の重力加速度と、公転周期を掛けた数値は、大幅に光速度を上回りますよ。その理論では、地球で生命が誕生できるわけがありません」

 もしかしたら、さっきの調子っぱずれの音楽は、パペッティア人の笑い声なのかもしれない。


 じれったそうに奈美代は反論した。

「だからSFなんだって! SFでは架空の理論が珍しくないわ。それに地球で生命が生まれた三十億年前は、自転速度が今より早かったはずよ。自転が早ければ、惑星表面の重力加速度も小さかったはず。地球の自転速度が今のようになったのは、月の潮汐力で自転速度が遅くなったから……」

 そこまで言いかけ、奈美代はニヤリと勝ち誇ったような笑いを浮かべた。

「ああ、パペッティア母星には、月がなかったはずね。だから潮汐効果も見落としたわけ!」

 奈美代の言葉に、八咫烏は驚いたようにピョコリと首を伸ばした。

「どうしてそのことを知っているのです? 我々の惑星に衛星が存在しないことは、秘密のはずですが」

 僕は笑いを堪えて説明した。

「だから小説で読んだからだよ。リングワールドの原作者、ラリイ・ニーヴンの短編に〝中性子星〟というのがあるんだが、それにパペッティア人の惑星に月がないことを明らかにする話があるんだ」

 がっくりと八咫烏は首を垂れ、呟いた。

「なるほど……何もかも、作者によって書かれているわけですね。我々は作者の創造の産物であることが、はっきりと判りました」

 八咫烏の身体が丸まって、双つの首が折り畳まれていく。

 鬱期だ!

 冗談じゃないよ。

 こんな大事な時に、肝心の八咫烏が自分の臍を見詰めるなんて(パペッティア人に臍があるかどうかは沙汰の限りだが)大変迷惑である。


 その時、操縦に専念していた麗華がこちらに顔を捻じ曲げ、声を掛けて来た。

「どうでもいいけど、目的の船が見えて来たよ。どうすんだい?」

 麗華の言葉に、八咫烏はピクンと体を震わせ、大慌てで首を持ち上げた。

「待ちなさい! 今、こちらで相手の船に呼びかけるため、向こうの使っている無線の周波数を探っています」

 ホログラフィーの八咫烏の姿が一瞬僕の目の前から消え失せ、素早く戻って報告した。

「どうやら旧式のFM波を使っているようですね。今、相手の船に繋がりました。どうぞお話しください」

 八咫烏の報告に、麗華はポカンと口を開け、僕を見詰めた。

 奈美代は眼鏡の奥から、僕を見上げている。

 どうやら最初の接触は僕に一任されたようだ。


 僕はゴクリと唾を呑み込み、話し掛けた。

「ええと、どうもこんにちわ……」

 どうにも締まらない呼びかけだ。

 だが僕の呼び掛けに、相手はすぐさま応答して来た。

「初めまして。私は収穫船、ロークァル・マルです。そちらは今接近中の、飛行体から呼びかけていますね。声から判断すると、あなた方は人間ですね。よろしければ、そちらのお名前を教えてください」

 応答は落ち着いた中年の女の声だった。

 奈美代はにっこりと笑みを浮かべた。

「ようこそ、ロークァル・マルさん。わたしは安邑奈美代。そして操縦しているのは諏訪津麗華。最初に声を掛けたのはキモタクさんの、三人よ。そちらに着陸していいかしら?」

 なんだ、奈美代の方が堂々としている。

 これなら、彼女が声を掛けた方が良かったんじゃないか? と、そんなことをウジウジ考えていると、奈美代は僕を励ますように肩を叩いた。

「しっかりしてよ。このリングワールドは、あんたの妄想から生まれた世界じゃない? もっと胸を張ってもいいわよ」

 ロークァル・マルは奈美代の言葉に、瞬時に返答をしてきた。気のせいか、ロークァル・マルの声は喜びに弾んでいた。

「もちろんです。人間なら、どなたでも歓迎いたします」

 その時、麗華が操縦席からこちらに首をねじ向け、声を掛けて来た。

「見えて来たよ!」

 麗華の声に、僕と奈美代は操縦席から前方を眺めた。

 真っ青な大海原に、巨大な鯨が浮かんでいる。鯨の背中にはタンカーほどもありそうな広大な甲板が載せられ、そこにはいくつものクレーンがあちこち装備されている。甲板は広く、これなら着陸艇は安全に設置できるだろう。

 麗華は慎重に操縦桿を握り締め、着陸艇を接近させていた。もう、口を開くこともなく、表情は真剣だった。

 接近する鯨は海上で停止し、僕らの接近を待ち受けている。

 着陸艇は滑らかに高度を落とし、甲板に設置した。

 完全に停止し、出入り口が開くと、キョロが真っ先に飛び出した。

「何だよ……僕が最初に出たかったのに!」

「文句言わないの!」

 僕のボヤキを奈美代は軽くいなし、とっとと足を踏み出した。

「お先に!」

 ぼんやりしていると、麗華が短く口にして大股に外に軽くステップして出ていく。

 結局、僕が最後になった。

 外に出ると、明るい太陽の光に眼がくらんだ。ちょっと明るさになれるのを待って、僕は周囲を眺めた。

「空から近づいてきたのは、お前らか!」

 出し抜けに背後から大声が聞こえ、どすどすと大きな足音が近づいた。

 振り向くと、身長二メートル近くありそうな巨大な体躯をした男が立っていた。男の服装は下帯一つの半裸だった。肩幅は広く、大胸筋、腹筋が目立っていた。まるでボディビルダーのようだ。

 太い首筋に、ごつごつとした長い顔が載っている。男は僕を見降ろして、ニヤリと笑いを浮かべた。笑うと、男の前歯に隙間が空いていることを僕は見て取った。

「こ、こんちわ……」

 男は黙って僕を見詰めている。

 僕は自己紹介しないと、と思った。

「えーと、僕は肝緒……いや! キモタクっていいます……あんたは?」

「俺の名前か?」

 男は頷き、僕の問い掛けに答えた。

「俺の名前はアーノルドだ!」

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