着陸艇
「どうしますか? このまま日本の地図へ直行しますか?」
八咫烏が、僕の物思いに不意に切り込んできた。僕は思わず「何だって?」と問い返していた。
八咫烏は平然と続けた。
「情報収集のため、麗華さんに活躍して貰いたいのです。この三号船殻はあまりに大きすぎ、相手に脅威と思われるかもしれません。着陸艇なら、あの船より小さいので、警戒される可能性は低いでしょう」
「そりゃ、まあ……」
麗華が目をキラキラさせ、着陸艇を見やった。多分、操縦したくてウズウズしているのだろう。
「大丈夫よ」
奈美代が自信たっぷりに口を開いた。
「あのサイボーグ鯨は、人間に奉仕するために特別にプログラムされているから、人間が背中に降り立ったら歓迎するはず」
麗華は奈美代の言葉に勢いづいた。
「決まりだね! 八咫烏、転送プレートを着陸艇へセッティングするんだ!」
八咫烏は軽く頷く仕草をした。
「承知しました。あのサイボーグ鯨へ接近しますので、用意してください」
麗華は大股で転送プレートに足を踏み入れた。瞬間、麗華の姿が消え失せ、着陸艇の窓から麗華の顔が覗いた。麗華は僕らを見て、ニヤッと笑った。
「あたしも行く!」
奈美代が叫んで、躊躇いもなくプレートに飛び乗った。僕は慌てて奈美代の後を追った。同じSFマニアとして、後れを取るのは沽券にかかわる!
プレートに足を載せた瞬間、視界が変わって着陸艇内部となった。転送された一瞬、耳がぽん、と鳴った。恐らく着陸艇が収納されているここは、船内より気圧が低いのだ。
「やれやれ……まったく、お主らは無鉄砲で困る……」
気が付くとキョロが姿を現していた。
「キョロ、お前もついて来るのか?」
「当たり前だ。お前たちでは不安でならないからな。吾輩が助言する必要がある」
麗華は操縦席にどっかりと座り、手早く計器を点検し、スイッチを次々と倒していく。その様子は自信にあふれ、自分の仕事を黙々とこなしている、といった感じだった。
背後から麗華の操縦席を覗きこむと、あきれたことに様々な計器や、スイッチ類に記されている文字は、すべて日本語だった。
ととと……と、キョロが背後から駆け寄り、僕の背中にピョイっと駆け上がった。いつものことで、僕は驚かない。キョロは好奇心の固まりで、何か興味が向くと遠慮会釈なしに僕の肩に乗って来る。
今回は操縦席に興味があるようだ。
「ふむ、面白いな!」
「何がだい?」
「見てみろ。操縦席の装置、全部日本語で表示されている」
「それが何か?」
「考えてみるがいい。この着陸艇、どこで製造されたと思う」
「そりゃあ……」
僕は絶句した。
キョロは続けた。
「少なくとも、日本製ではないはずだ。ところが表示は総て日本語だ。さらに言うと、あの食料合成装置の表示も日本語表記だったぞ」
「そうなのか?」
僕はこの目で確かめてはいなかった。
しかしなぜだろう?
僕の疑問に、キョロは自信満々に答えた。
「多分、キモタクが日本語しか理解できないからだ。この世界では、おそらく日本語が共通語として通用できるのではないかな?」
「またそれか……!」
僕はうんざりとなった。
何が何でも、僕の責任になるのは、どう考えても納得できない。
しかし日本語が共通語というのは、気が楽と言える。考えてみると、僕の読むSFは日本人のSFもあるが、大半が翻訳ものだ。登場人物は日本人以外だが、日本語に翻訳されているから、僕は想像の中で登場人物に日本語で会話させている。
もし本来の国籍の言葉で話し掛けられたら、僕はまったく語学が出来ないからお手上げだ。キョロの推理が正しければ、僕はこの世界で普通に会話が出来るということだ。
そうこうしているうちに、麗華の出発準備が整ったようだ。
麗華はマイクに向かって話し掛けた。
「出発準備完了! いつでも離床できるよ」
すぐさま、八咫烏の返事が聞こえて来た。
「結構です。こちらからそちらのディスプレイに方位と、距離を表示しますので、それに従って着陸艇を操縦しなさい」
「了解!」
着陸艇が収まっている収納庫の扉が開き、麗華は操縦桿を動かした。
ふわりと着陸艇が床を離れ、音もなく宇宙船から離れていった。
透明な船殻越しに、三人のメイド、双子の姉妹がこちらに向かって手を振っている。口が「いってらっしゃーい!」と動いていた。
見る見るうちに三号船殻の姿が小さくなり、着陸艇はぐんぐんと加速して海面へ接近していった。
「到着は一時間くらいだね」
麗華の報告に、僕は奈美代に向き直った。
「ところで〝神鯨〟という小説、どんな話なんだい?」
「いいわよ。到着するまで、説明してあげる」
奈美代は「待ってました!」と言わんばかりの表情になった。
SFファンにとって、同じファン同士、相手が読んでいない本の説明をすることは、大いに溜飲の下がる行為だ。
読んでいない──つまり僕のことだが──方にとっては、未知のSF小説の説明を拝聴するのはある意味嬉しいことでもあるが、同時に少しばかり悔しい気持ちにもなる。
得意げに、奈美代は「神鯨」のストーリーを語り出した。




