転送プレート
八咫烏の言葉に、僕らは顔を見合わせた。
そういえば、どのくらい時間が経過したのか考えていなかった。
エヴァがスマホを取り出し、画面に見入って叫んだ。
「あら、もう深夜の十二時じゃない!」
すでに異変があって、十時間ほどが経っていたというわけだ。気が付くと、瞼が重く、眠気が襲って来ていた。
スマホを操作していたメイドの三人は、画面を見入って渋い表所になった。
「あーん! バッテリーがすっかり無くなっちゃった……。ねえ、ヤタちん。これ、充電できない?」
八咫烏は素っ頓狂な声を上げた。
「ヤタちん? なんですか、それは?」
「だって、八咫烏ちゃんて言うの、何だか可愛くないじゃん。だからヤタちん!」
八咫烏は首を何度も上下させた。
「なるほど……承知しました。では、そこの転送プレートに、あなた方のスマートホンを載せなさい。こちらで何とかしましょう」
三人は素早く顔を見合わせると、揃って膝を屈めて、床の六角形に各々のスマホを載せた。
八咫烏が一声、鳥の鳴き声のような合図を響かせると、一瞬で三つのスマホは消え失せ、次の瞬間、操縦室へ移動していた。
奈美代は自分のタブレットを翳し、口を開いた。
「あたしのタブレットもお願い!」
「プレートに載せなさい」
奈美代のタブレットも、操縦室へ滞りなく移動した。
乱子、麗華も同じようにスマホの充電が心細くなり、次々と八咫烏の手に送った。
パペッティア人はエンジニアとしても優秀で、何とかしてくれるだろう。
乱子が「ふあああ……!」と、大きく欠伸をして立ち上がった。
「そういや、すっかり眠くなっちゃった……ベッドはあるのかしら?」
僕らはのろのろと席を立ち、部屋を探すため歩き出した。
その中、麗華は八咫烏が使用した、床の六角形の模様に興味を示していた。
「これで瞬間移動ができるなんて、信じられないわね……」
無言で模様に足を踏み入れる。
麗華の姿が消え失せた!
「八咫烏! 麗華がどこかへ消えたぞ!」
僕は操縦室で何かやっている八咫烏に向かって、大慌てに叫んだ。
八咫烏は片方の首をこちらにねじ向け、冷静に答えた。
「大丈夫です。その転送プレートは、船内の着陸艇へ通じています。着陸艇にある、もう一つのプレートを使えば、こちらへ戻れます」
透明な壁越しに、ちょっとしたヨットほどもありそうな着陸艇の全容が見えていた。
あの中に、麗華がいるのか?
僕は当然の疑問を口にした。
「あれは君の信号でしか、作動しないはずじゃなかったのか?」
「こちらの操縦室へ移動するときは、その通りです。しかし開放型の転送システムにしているので、何もなければ自動的に着陸艇へ移動するようになっています。非常事態に備えてですが」
なるほど──パペッティア人の用心深さは徹底している!
着陸艇のドアが開き、麗華の顔が覗いた。麗華は僕らの会話を聞いていたらしく、僕に向かって一つ頷くと、また艇内に引っ込んだ。
次の瞬間、転送プレート上に麗華の姿が現れた。麗華の表情は、驚きと同時に、新たな体験で興奮に輝いていた。
「いやあ! 驚いたなあ……! 瞬きする間もなく、あっという間に移動していたからね。でも、あの着陸艇の操縦席、何だかヘリコプターの操縦装置と良く似ていたね。あれなら、あたしでも操縦できそうだよ」
麗華の言葉は、意外なものだったので、僕は思わず訊ねていた。
「ヘリコプターの操縦、出来るのかい?」
麗華は自信満々で頷いた。
「そうだよ。あたしはこれでも、陸自のヘリコプター部隊の、教官をやっているからね」
陸上自衛隊は、アパッチと呼ばれる戦闘ヘリを所有している。その教官をしているというのだから、麗華の腕前は相当なものだろう。
八咫烏が口を挟んだ。
「操縦の腕前を披露するのは、後にして、今は休息の時間ですよ!」
ふあああ……! と、麗華は思い切り伸びをすると、大口を開いて欠伸をした。
「そうね! あたしもクタクタだよ……キモタク君も、休んだらどう?」
まったく麗華の提案はその通りで、僕もこれ以上眠気を堪えることは、一瞬だって出来そうもなかった。
まあいいや、ここにはベッドになりそうな巨大なソファがあるから、丁度いい寝床になるだろう。
僕は疲れ切った体をやっとのことでソファへ運び、崩れ落ちるように全身を投げ出し、ぐったりと寝転んだ。
他の七人が自分の部屋を決めるため、船内をあちこちうろついている気配を感じながら、僕は平穏な、夢の世界へ逃避していた。




