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地図

 奈美代が眼鏡をちょっと触って、八咫烏に向かって静かに問い掛けた。

「説明して! あなたはパペッティア人なんでしょう? このゼネラル・プロダクツ製の宇宙船を操縦できないの?」

 八咫烏は一本の首を奈美代に向け、答えた。

「もちろんできます! ただし詳しい座標を特定できないのです。お忘れですか、わたしたちが存在するのは、キモタクさんの妄想によって産まれたパラレル・ワールドということを。第一、ここリングワールドも、わたしも、ラリイ・ニーヴンという作家の空想の産物なのですよ。キモタクさんの所有する本に、地球の座標や、パペッティア母星⦅プライム⦆の座標は存在しません。ゆえに、わたしの知識も本に書かれていない情報はないのです。わたしは想像の産物……実在しないのです」


 八咫烏の言葉は次第に低くなり、同時に二本の首が徐々に垂れていった。三本の足を畳み、全身を丸くしていく。

 鬱期だ!

 臆病さを身上とするパペッティア人は、何かのきっかけで鬱期に入ると、全身を丸め、外界を拒否してしまう。


 奈美代は明るい声で、八咫烏を慰めた。

「あら、大丈夫よ! 地球を探すことは、このリングワールドでも可能だわ」

 八咫烏の丸められた首がヒョイと、もとに戻った。

「どういうことですか?」

「大海洋⦅グレートオーシャン⦆に向かえばいいのよ」


 なるほど!

 僕は奈美代の提案に、勢い込んで説明した。

「このリングワールドには、二つの大きな海洋があるんだよ! そこには近くの惑星の実物大〝地図〟があって、地球の地図も含まれている。そこに行けば、地球を見つけられるってわけだ」

 僕はバッグから「リングワールド再び」の文庫本を取り出し、ページを繰った。中にリングワールドの地図が添付されていて、大海洋に地球の地図が表示されている。それを一同に示し、説明した。

「ほら、ちゃんと地球の地図になっているだろう。もっとも僕らの見慣れたメルカトル図法じゃなくて、北極を中心にした図形だけど実物大なんだ」

 乱子は文庫本を覗きこみながら呟いた。

「日本列島はあるの?」

「あるに決まってる。もっとも、あんまり小さすぎて、この地図じゃ見えないけどね」

 乱子は反論した。

「でも、本当の日本列島じゃないわね。もしそこへ行けたとしても、あたしたちの知っている日本じゃないでしょ?」

 僕は不承不承、乱子の言葉に頷いた。

「まあ、そうだけど……」


 しかし奈美代は薄笑いを浮かべ、助け舟を出してくれた。

「判らないわよ……。ここはキモタクさんの妄想のパラレルワールドでしょ? もしかしたら、本当の日本が、そこで見つかるかもしれない。というより、キモタクさんが願えば、そうなるかもしれないでしょ」

 僕は奈美代の言葉に、心の底から仰天してしまった。

「何を言っているんだ! そんな馬鹿な事、あるわけ……」

 思い切り否定しようとしたが、キャットフードを食べ終わり、満足そうに毛繕いをしているキョロを見ると、言葉が途切れた。

 そうだよな──本当に、何が待っているか僕にもわからない。


 僕はキョロに質問した。

「キョロ、君はどう思う?」

「何があるか、吾輩は判らん! だが、面白いな……多分、想像もつかんことが待っているのではないのかな?」

 キョロの言葉で、僕は決心した。

「よし、それじゃリングワールドの地球へ行ってみようじゃないか! 凶となるか吉となるか……試してみよう!」

 奈美代が八咫烏に声を掛けた。

「八咫烏さん。操縦をお願い」

 しかし八咫烏は躊躇していた。

「凶となるか……つまり危険があるということですね?」

 僕は八咫烏の臆病さに、つい笑ってしまった。

「このゼネラル・プロダクツ製の船体に脅威が及ぶようなものが、リングワールドに存在するはずがないだろう? それにもしかしたら、パペッティア人の社会が、リングワールドのどこかに存在する可能性も、あるかもしれないじゃないか?」

 僕の言葉に、八咫烏は明らかな興奮を示した。片方の首をキョロに向け、尋ねた。

「キョロさん、あなたはどうお考えです? キモタクさんの言葉、本当でしょうか」

 キョロは煩そうに答えた。

「吾輩の知ったことではない。だが、可能性はゼロではない!」

 それで八咫烏も決心したようだった。

「承知しました。では、操縦を始めます」

 八咫烏はトコトコと床の六角形の模様の上に立つと、ピイッ! と一声、鳥の鳴き声のような声を上げた。

 その瞬間、八咫烏の姿が消え失せた。


 そうか!

 あの模様は、パペッティアの瞬間移動装置だった。原作にあったんだが、今の今まですっかり失念していた。パペッティア人の声のみで操作できる装置で、八咫烏は一瞬で操縦室へ移動していた。

 つまりパペッティア人以外、操縦室へ入室できない仕組みで、人間を信用していない証拠だ。

 操縦室は、パペッティア人にしか操作できないような操縦装置に囲まれ、八咫烏は二本の首をせわしなく動かして操作している。

「それではこれより出発します」

 八咫烏が宣言し、いきなり三号船殻がふわりと浮き上がった。

 加速感は一切なかった。

 三号船殻は、すべて透明な材料で出来ている。だから地面が急速に遠ざかる景観を、つぶさに目撃できた。まるでドローンの映像を観ているようだった。加速感がないため、そう思えるのだ。

 速度は恐ろしく早く、あっという間に船体は成層圏にまで達していた。地球で言えば高度十万メートルほどで、それでもリングワールドの巨大さに比べれば、何ほどもない。左右を眺めれば、相変わらず真っ平らな平面が目の届く限り広がっている。

 それでも空は真っ暗になり、大気圏ぎりぎりの、宇宙へあと一歩という距離を実感できる。

 八咫烏の声が、スピーカー(そんなものがあればの話だが)を通して聞こえて来た。

「目的地までは十時間ほどで到着します。その間、お休みになった方が良いでしょう。あなた方の個室はありますので、お好みの部屋をお選びになってください」

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