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遮蔽板

 ちょこちょこと小さな歩幅で、エヴァとルーナが僕の両脇に近づいた。

「あたしたち、メイド仲間だから、うーんとサービスしちゃうわ!」

 ふるふると全身を震わせ、エヴァが僕の耳に囁いた。

「サービス?」

 僕はバカのようにオウム返した。

 にやっとルーナが微笑を浮かべ、僕の反対側の耳に囁きかけた。

「そうよ……〝萌え萌え〟パワーを使って、うーんと楽しいことしましょう!」

 うへへへへ……!

 僕は全身グニャグニャとなって、頭はポワーンと風船のようになってしまった。

 両脇にエヴァとルーナがぴったりと寄り添い、僕は無理やり椅子に座らされた。ユミがオムライスにチャップでハートマークを描き、スプーンでチキンライスを掬うと、僕に向かって「キモタクさん、はい、あーん!」と言った。

 僕は思わず大口を開き「あーん!」と答えた。するとユミがスプーンを近づけ、僕にライスを食べさせてくれた。

「ずるーい! ユミだけ先に……」

 エヴァが全身を揺らし(当然、胸もゆっさゆっさと揺れるが)負けじと自分が注文した寿司を箸で取って、僕に差し出した。

 ルーナもカレーを掬って、僕に食べさせようとする。

 カレーと寿司って、どんな食い合わせだ?

 この大騒ぎに、麗華と奈美代は一切、我関せずを貫き通し、二人は黙々と注文した食事を摂っている。

 何と奈美代はそれまで架けていた眼鏡を外し、麺を啜っている。レンズが曇るからだろう。

 眼鏡を外すと、改めて奈美代は美少女だと僕は感心した。奈美代はもともと眼鏡少女として圧倒的な美少女だったが、外すと各段に美少女度がアップする。

 乱子は鋭い視線で僕を睨み、それでもガツガツと食事を詰め込んでいた。

 音貝姉妹はポカーンと口を開き、僕たちの饗宴を感心したように眺めていた。いい大人(彼女たちにとっては僕は大人のおじさんだろう)が、大騒ぎをしているのだから。

 キョロは合成機でキャット・フードを注文して、夢中になって食べている。満足そうに「フニャフニャ……」と鳴き声を上げて、顔をキャット・フードに突っ込んでいた。

 その時、不意に辺りが暗くなった。

 全員、ギョッとなって天井を見上げる。

 前にも記したが、僕らが集まっているのは透明な宇宙船だ。当然、天井も透明で、真上には太陽が輝いている。

 リングワールドでは、太陽は沈むことはない。リング状の大地の中心に太陽が輝き、常に日差しは真上から照らしている。

 が、その太陽が欠け始めている。

 円盤の一部が直線状に欠けていき、ゆっくりと何か巨大な四角いものに呑み込まれていく。

 遮蔽板⦅シャドウ・スクェア⦆だ!

 太陽系で言えば、水星の軌道あたりに、巨大な板が二十個ワイヤで繋がれ、周回している。この板が、リングワールドの表面に影を落とし、日夜の違いを作りだしている。

 空を見上げる僕は、感動のあまり全身に鳥肌を立てていた。

 だってそうだろう?

 自分が読んでいたSF小説の、想像していた場面が実際に目の前に展開するのだから、感動しないほうがおかしい。

 ふと気づくと、奈美代が食事の手を止め、眼鏡を拭いて顔に架け、僕と同じように上を見上げていた。ポカンと形の良い口が開いて、声もなく動いた。多分「信じられない……」とでも呟いたのだろう。

 僕と奈美代の視線が合った。

 奈美代は僕を見つめ、微かに頷いた。

 きっと、僕と同じことを感じたのだ。

「何で暗くなったの……? 停電?」

 乱子が不意に場違いな大声を上げた。

 僕は急いで、遮蔽板のことを乱子に説明した。乱子は不機嫌そうな顔になって、僕の説明に聞き入った。

 前にも言ったが、乱子は「SF」とか「ファンタジー」とか、想像力を必要とするコンテンツは大嫌いだ。彼女の大好きなものは、時代劇とか、韓流ドラマとか、妙に年寄り臭いものばかりで、アニメなど軽蔑している。

 しかし実際に、目の前で進行しているSF的なシチュエーションは、認めざるを得ないので、大いに臍を曲げているのだろう。

「もう、判ったわよ! とにかく、馬鹿馬鹿しい出来事だってことは、充分理解できたわ」

 低い声で、乱子は僕の説明を半分くらいで切り捨てた。

「でも、どうして夜空が見えないの? 夜になったら、星空が見えるでしょう?」

 乱子の質問はもっともだ。

 確かに空は暗くなったが、真っ暗というわけではなく、地球で言えば夕暮れほどの暗さだ。さらに空にかかるリングワールドのアーチが明るく輝き、夜空は完全に暗くはなっていない。

 真上を見上げると、遮蔽板の周囲がぼうっと明るく輝いている。

 これは光の回折作用で、太陽の光線を完全に遮蔽できないためだ。何しろ板が巡行しているのは水星の軌道あたりで、もし本当に暗くしたければ、遮蔽板を二重にしなければならない。リングワールドの建設者は、それほどのコストを掛ける必要を考えなかったのだろう。

 乱子は、温めたニンジンのスムージーを啜っている八咫烏をジロリと睨み、質問した。

「それで、いつあたしら地球へ帰れるのかしら? これ、宇宙船なんでしょう? だったら、宇宙を飛べるわけなんじゃない?」

 乱子にしては、珍しく飛躍した結論だ。「宇宙船」なんて言葉、口にしたくなかったはずで、いかにも言い難そうだった。

 八咫烏は平然と答えた。

「確かに、わたしたちがいる、ゼネラル・プロダクツ製の宇宙船は、宇宙を飛行できる能力があります。しかし、地球を目指すことは不可能です」

 僕らは愕然となった。

 八咫烏は続けた。

「なぜなら、わたしにはあなた方の地球の、銀河系における座標を知る方法がないからなのです。どこへ向かっていいのか、わたしには判りません」

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