収穫の日
その日は祝祭日で、しかも十三日の金曜日。さらに昼頃皆既日食があって、惑星直列。何かトンデモないことが起こることは、予想できた。僕は朝早くから家を出て、都内で行われている古書市に出向いた。
目的はワゴンセールの文庫本だ。
一律百円とか、二百円均一の、背表紙も陽に灼け、あるいは表紙が取れて本体が剥き出しになった、ほとんどだれも見向きもしない文庫本が僕にとってはお宝の山になる。
狙うのは、二十世紀中に出版されたSFの文庫本だ。早川書房の銀背本は高くて手が出ないが、創元推理文庫とか、早川SFシリーズなら、どうにか手に入る。
安い本を次から次へ買い求め、用意した肩下げのバッグへ放り込んだ。あちらこちらの古本屋と巡って、昼過ぎにはバッグの中はパンパンに膨らんで、僕はその重みに満足を覚えていた。
そんなに本が好きなら、図書館があるだろうという声があるのは承知している。しかしそもそも公立の図書館にはSFが少ないし、あっても僕の読みたい1970~80年代のSF小説は置いていない。だから僕は古本屋を漁って、古いSFの文庫本を探している。
その日獲得した文庫本は、長年探しまくっていた古本で、それが非常に良好な状態で、しかもワゴンセールの、百円均一で売られていたのだ。多分、僕と同じようなSFマニアの読者が、引っ越しか何かで、大量に処分された文庫本が一度に流れて来たんだろう。普通だったら、こんな値段で売られるはずもないプレミアの小説群なのだ。
僕は信じられない幸運に狂喜した。
いや、これが僕が経験することになる運命の、予兆だったということもありうる。だがその時は、大量の貴重なSF小説本が手に入ったということに、浮かれていた。
そう、僕はどうしようもないSFマニアだ。
兎に角、暇さえあれば──いや、暇などなくても、少しでも、一冊でも多く、SF小説を読んでいたい。
ちょっと前、授業中に文庫本を読みふけって(言い忘れたが、僕は高校二年生だ)教師に見つかり、没収されるという悲運に遭ってしまった。
そんな僕だから、考えるのはいつもSFの妄想だ。
空を見上げれば、「ここにUFOが現れないかなあ」とか、ビル群を見て「あそこにゴジラがヌッと顔を出したら……」とか、路地裏を歩けば「そこの角を曲がれば、異次元への扉が開いてるんじゃないか」などと、次から次へ馬鹿馬鹿しい妄想を膨らませる。
だからついつい、他人の話を聞き逃す。ちょくちょく「おい、こっちの話、聞いてる?」と詰問されることはしばしばだ。
すまん! あんたの話、全然、これっぱかしも、一切合切、一欠けらも、さらに言えば一言も耳に入っていませんでした!
と、心の中で呟く。
大体、僕は他人の会話に興味がない。考えるのはSFのことばかり。
これから何日かけて、収穫した文庫本を読めるかなあ……と思って歩いていると、不意に書店のポスターに目が釘付けになった。
そこには宇宙をバックに、ガクランを身に着けた番長ロボットのアニメ絵が描かれている。
「銀河番長ガンガガン!」の宣材ポスターだ。
それを目にした瞬間、恐ろしい間違いに気づいた。
そうだ! 今日は「ガンガガン」の放映日だった!
先週、テレビの地上波は特番が入って、「ガンガガン」の放映が伸ばされていた。それで僕は、いつもの録画予約を取り消し、来週予約をやり直そうと思っていたんだった。そのことをすっかり失念していた。
しまった!
このままじゃ、毎週録画している「ガンガガン」を録り逃してしまう!
「ガンガガン」は僕の大好きなSFアニメシリーズで、どんなことがあっても、見逃すわけにはいかない。もちろん、録画もしなければならない。いずれDVD─BOXが発売されるだろうが、そんな高い商品、僕の小遣いでは手が出ない。絶対、自宅で録画して、保存しなければ……。
僕は焦って、時計を見た。
ああ、このままでは見逃してしまう!
僕は駅を目指して走り出した。