チューニング
──なぜなら、吾輩はいずれお主たちから去らなければならないからだ。こうしてお主と話せるのも、僅かな時間となる。──
僕は驚きのあまり、思わず心の中で問い掛けることを忘れ、声に出して叫んでしまった。
「キョロ! お前、死ぬのか?」
僕の大声に、それまで八咫烏の説明に聞き入っていた女子たちが、一斉に振り返った。
「何なの、大声を上げて?」
乱子が非難の口調で、僕に詰め寄った。
双子姉妹が、まじまじとキョロを見詰め、僕に話し掛けて来た。
「キョロちゃん、死んじゃうの?」
「違う!」
キョロは何度も首を振って、否定した。
「吾輩が死ぬのではない。いずれキョロ、と呼ばれるこの黒猫は、吾輩の意思を伝達する能力を失うということだ。つまり、普通の猫に戻る、というわけだな」
僕は跪き、キョロに話し掛けた。
「詳しく説明してくれ」
キョロはピョンとテーブルに飛び上がり、どてっと体を横たえた。
「よろしい。本来の吾輩は、諸君らの元のパラレルワールドに存在する。この黒猫は、吾輩が諸君らを見守り、真相を伝えるための──まあ、言ってみればスピーカーのようなものだ。だがキモタクが妄想パワーで世界を変化させると、徐々にだが、この黒猫に吾輩の意思を伝えることが困難になる。下手なたとえだが、ラジオのチューニングがずれてしまい、放送が聞こえなくなるようなものだ。いずれキョロと呼ばれるこの猫は、吾輩の意思の伝達が不可能になり、ごく普通の黒猫となってしまうだろう」
乱子はちょっと笑いを浮かべた。
「ふうん。でも、その方が安心できるかもね。今だって、人間の言葉をしゃべる猫なんて、気味悪いと思っているんだもの」
「ひどーい!」
双子姉妹は声を揃えて、乱子を非難した。
姉妹はキョロに近づき、それぞれキョロの背中や、頭をやさしくなでた。撫でられたキョロは、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
こんなところは、まるっきり猫そのものだ。
「キョロちゃん、ぜんぜん気味悪くなんかないもんねえ!」
キョロは満足そうな表情を浮かべ、最後にこう言い足した。
「ところで食料合成機の操作方法は理解できたのかな? 吾輩もそろそろ、空腹になってきたところだが?」
「あ!」と、全員顔を見合わせた。
くううう~、と誰かの腹の虫が鳴った。
「誰、今の音?」
麗華が叫んだ。
皆、自分は違うとばかりに、否定の意味で首を横に振っている。
だが、僕は見てしまった。
乱子の耳が、真っ赤に染まっていることを。




