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キョロ。君は一体……?

 キョロは両足をきちんと揃え、顔を上向け、僕らをじっと見上げながら落ち着いた姿勢でいる。金と銀の、オッド・アイが煌めいた。

 八咫烏は鳥のような悲鳴を上げ、ピョンとひと跳ねして飛び下がった。

「そ、そこにいるのはクジンの幼体ですか?」

 僕は宥めた。

「違うよ。僕の飼っている猫だよ」

「猫……つまりフェーリス・シルウェストリス・カトゥスのことですね?」

 ラテン語の学名を口走って、八咫烏はそろそろと首を伸ばし、二つの目を広げてキョロに視線を向けた。


 八咫烏の口にした「クジン」とは、ラリイ・ニーヴンの長・短編に登場する架空の宇宙人で、猫類から進化したとされている人間型宇宙人だ。設定では、クジン人は、極めて凶暴で、好戦的だ。だから猫のキョロを見て、八咫烏は驚いた、というわけだ。ついでに書いておくと、パペッティア人は宇宙で一番臆病とされている。


 僕はキョロを見て話し掛けた。

「キョロ。今話したのは、お前か?」

 キョロは一つ頷くと口を開いた。

「然り! 吾輩が話し掛けた! まあ、聞いてくれ。この世界は君らが暮らしていた、あの平和で、退屈で、平凡な日々のあの世界とは全く違う。君らをここに連れて来たのは、吾輩である。それには理由があるのだ」

 キョロの声は甲高く、少年のようだったが態度は横柄で、完全に上から目線の口調だった。しかしキョロは息を呑む僕らをしり目に、落ち着いて肉球に舌を這わせ、毛繕いをしながら言葉を続けた。


「吾輩は君らの考える猫ではない。吾輩の正体は、数億年前誕生した全く別の知的生命から進化したものだ。吾輩たちは、数千万年かけ進化を続け、通常の肉体から脱し、空間そのものに記憶、人格を転写した──君らの言葉で霊体──に近いものになっている。この猫の身体は便宜上のものだ」

 僕は思い切って声を掛けた。

「で、でも、あの嵐の夜、お前は僕の家の前でブルブル震えていたじゃないか。僕ら家族が世話をしなかったら死んでいたぞ!」


 キョロはニヤリと笑った。

 猫が笑うところを想像してほしい。そりゃあ、思わず背筋が寒くなるほど不気味だぞ!

「不思議の国のアリス」に登場するチェシャ・キャットはこんな感じなんだろう。もっとも「笑いだけを残して」キョロは消えてなくなったりはしないが。

「それには感謝しているよ、キモタク。吾輩はお主に近づくため、仔猫の姿を取ってこの世界に現れたのだ!」

 おいおい、キョロ。お前まで僕のこと〝キモタク〟と呼び捨てかよ! お前は僕の飼い猫じゃないか!

 しかもその正体は猫ではなく、宇宙人だったなんて……まさに文字通り〝猫を被っていた〟という訳か。

 しかしキョロの言葉は気になった。


「僕に近づくため、と言ったな?」

 キョロはそろり、と僕に近づき見上げた。

「左様、お主が鍵なのだ! 全人類を救うためには、キモタク、お主が必要だったのだよ」

 麗華が口を挟みこんだ。

「全人類って、どういうこと?」

 キョロは顔を洗い始めた。こんなところは、猫そのものだ。

「これを見て貰いたい……」


 キョロの言葉と共に、出し抜けに周囲の景色が変化した。

 僕が慌てて飛び乗った、あの女性専用車両に、僕らはいた。窓外には、都会の風景。何もかも、あの時と同じだった。

 キョロの言葉が、周囲に響き渡った。

「見ろ! 地球の崩壊の瞬間を!」

 空に巨大な渦巻きが出現し、僕が見た破滅の光景が再現された。地上の建物が次々と破壊され、無数の破片となって上空へ吸い込まれていく。その間を、自動車や、人間が抵抗も出来ず舞い上がっていった。

「思い出した!」

 乱子が両目を大きく見開き、叫んだ。

「あたし、この場面、見ていたわ! たった今まで忘れていたけど、今思い出した……」

 乱子の言葉で、他の全員が堰を切ったように「わたしも!」「あたしも!」と記憶が途切れたことに、驚愕の声を上げた。

 キョロは淡々と説明をした。

「この場面を憶えていないのは、吾輩が諸君らの記憶を封印したからだ。大規模な破局を目にし、諸君らが混乱することを防ぐためだった。だが、今では冷静に事実に向かい合えるはずだ……」

 麗華は怒りを湛え、キョロに向き直った。

「記憶を封印したですって! あなたにそんな権利はあるの?」

 キョロはまるっきり麗華の言葉に頓着した様子もなく、冷静に説明を続けた。

「権利について争うのは、無益なことだ。ともかく、君らには事実を冷静に受け止めて貰いたい。さあ、ここからは太陽系の破滅の過程をしっかりと確認するのだ……」


 キョロの言葉が終わると、電車の窓外の景色が出し抜けに変化した。

 今までは沿線の景色だったのだが、今度は宇宙空間から見た、地球の全景が映し出されていた。一瞬、窓の外にスクリーンか何かを使って映写しているのだろうと思ったが、周囲を見回すと、総ての窓外が真っ黒な宇宙空間そのもので、真実の迫真性を持っていた。

 周囲は星ひとつ見えないが、地球の全景から目を逸らし、暗闇に眼を馴らすと、微かに星々の輝きが目に入って来る。本当の宇宙空間なんだと、僕は心の奥で納得していた。

「あ……あれ? 何?」

 双子の香奈枝──いや、多満江の方か?──どっちでもいいが、窓外を指さし、叫んだ。

 見ると地球の一部が、奇妙に歪んで見えた。まるで瘤のように盛り上がり、周囲の大気が吸い込まれ、白い雲が無数の筋になっている。表面に亀裂が走り、オレンジ色の炎が走った。

 遂に地球は僕らの目の前で、ばらばらに分裂して四散してしまった。分裂した瞬間、突然強烈な光が爆発し、僕らは一瞬、目がくらんでしまった。


 茫然としている僕らに、キョロが冷然と説明を始めた。

「地球を呑み込んだのは、ブラックホールだ。通過するブラックホールの強烈な重力は、強い潮汐力を発揮し、月などとは比べ物にならないほどの力で地球を引き裂いた。引き裂かれた地球の質量は、一瞬で光に変換され、あの爆発的な終末を迎えた、というわけだ」

 キョロの言葉に、奈美代は即座に反論した。

「バカなこと言わないで! そんなブラックホールが近づいたら、誰でも気づくわ。なんで前兆現象もなしに、ブラックホールが太陽系を通過したの?」

 キョロは平然と答えた。

「ただのブラックホールではない。反物質で構成された巨星が超新星爆発をおこし、その結果生まれたブラックホールだ。このブラックホールを構成するのは、超光速粒子タキオンで、したがってブラックホールは未来から過去へ向かって移動する。その移動も、超光速だから、地球の天文学のレベルでは、観測不可能だ。さらにこのブラックホールに流れるのは、地球とは反対の時間で、言わば時間の反物質といえる。地球の正常な時間の流れと、逆向きの時間流が激突し、言い換えると時間の対消滅が起きてしまった。後に残るのは、絶対的な虚無だ!」


 二つの時間流が衝突するとは、まるでバリントン・J・ベイリーの「時間衝突」というSF小説の設定みたいだ。

 あっ、これネタバレじゃないです。何しろ、タイトルがモロ、小説の内容を示しているんで……。

 いや、本当にこの小説、時間が衝突するという内容なんだ。

 それはともかく……。

 麗華はキョロを睨んで話し掛けた。

「それで、キモタク君がどう、関係するのかしら?」

 キョロは両足を揃え、僕を見上げて答えた。

「吾輩はさっきも言ったように、君らの時間で数億年生きている。吾輩の仲間は、宇宙のありとあらゆる場所を監視し、このような悲劇が起こらないよう気を配っている。それが吾輩らの義務としているからだ。しかし今回、太陽系を襲った悲劇は、吾輩の力を持ってしても、回避不能なほど、大規模なものだった。そのため、非常手段を取らざるを得なかった。この悲劇を何とかするため、キモタクのある能力が必要になった」


 その場の全員が、僕を凝視した。僕を見つめる視線は、何か恐ろしいものを目にしたようで、非難が含まれていて──いや、僕にはそう思えたんだが──。

 キョロは分別臭い口調で説明した。

「キモタクのある能力、それは妄想力なのだよ……。彼は人類の中で、特別に妄想の力が人並み外れて強烈だった! それは一つの世界を丸ごと創造するほどだった。吾輩はその力を利用して、地球が無事歴史を継続するような並行宇宙を設定することに成功した。もう一つの並行宇宙では、ブラックホール通過という大惨事は起こらず、地球は無事でいる。しかし同時にキモタクの妄想力で生まれた、別の世界が発生した。ここはキモタクの妄想で生まれたパラレル・ワールドなのだ……」

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