自己紹介
「君、SFが好きなんだね」
歩きながら、僕は眼鏡女子に話し掛けた。
「ええ。色々読んでいます」
彼女はちょっと頷き、答えた。
肩下げのバッグからタブレットを取り出すと、にっこりと笑みを浮かべて言葉を継いだ。
「このタブレットに、好きな小説を自炊して取り込んでいるんです」
うわあ──!
羨ましい!
こっちは大きなバッグにパンパンに文庫本を仕舞っているのに、この娘は手元のタブレット一つで楽しめるんだ……。
えーと、〝自炊〟ってのは、本をスキャンしてデータ化することで、パソコンやタブレットで読めるようにすることだ。
いつか僕も、タブレットを手に入れて自炊しよう……。
乱子はブスっと下を向き、不貞腐れたように従いてくる。
次の言葉を探す僕は、肝心なことを聞き忘れたことに気づいた。
「ところで自己紹介がまだ、だったね?」
僕の言葉に、彼女は驚いたように振り返り、途端に笑い顔になった。眼鏡の奥の大きな目が一杯に見開かれ、口が「O」の形になって、くすくすと腹を押さえて笑いを堪えた。その様子は、びっくりするほど可愛いと、僕は思った。
前を歩くミリタリーの彼女も、ニヤニヤ笑いを湛えながら、僕に向かって頷いた。
「そういえば、そうね。妙なタイミングだけど、お互い知り合った方が良いかも……」
次に真面目な顔になり、彼女は自分の名前を名乗った。
「わたしの名前は諏訪津麗華。地名の諏訪に、サンズイの津。麗しいに、華やかで麗華。まあ、字画が多くて、書類にサインする時は面倒ね」
ニヤッと片頬で笑いを浮かべ、付け加えた。
「職業は陸上自衛隊、陸士。休暇であの電車に乗っていたの」
麗華の後、乱子も自己紹介した。
「周布乱子。周囲の周に、布で〝すふ〟と読んで、乱れる子で乱子! 職業は高校二年生!」
双子姉妹の、三つ編みにした方が最初に口を開いた。
「あたしたちの苗字は音貝といいます。音に貝。それであたしは香奈枝!」
次に編み上げの髪型が続いた。
「あたしは多満江!」
香奈枝に多満江か……。
何だか、家族合わせのような名前だな……。
「あのう……」
それまで最後尾を歩いていた、メイド三人組の黒髪美少女が、はにかみながら話し掛けて来た。
「あたしたち、自己紹介します!」
ピョン、と飛び上がるように前へ出ると、三人横に並んでポーズを作った。
最初に自己紹介を始めたのは、その黒髪の美少女だった。
「あたしユミでーす!」
両手を前へ突き出し、親指と人差し指を合わせてハートマークを作って叫んだ。
次に口を開いたのは、髪を赤く染め、アフリカ系の顔立ちのメイド少女だった。
「あたしはエヴァ!」
最後に北欧系の少女だ。
「あたしはルーナ!」
三人並んでポーズを作り、声を合わせて叫んだ。
「あたしたち、メイド戦隊ボンバーエンジェルでーす!」
何だ、何だ?
何が始まった?
茫然と見守ると、黒髪のユミと名乗った女の子が説明を始めた。
「あたしたち、秋葉原のメイド喫茶で、地下アイドルとして活動していたんです!」
はあ……。
なるほどね。
一気に疲れた……。
眼鏡女子は笑い顔を保ったまま、僕に話し掛けた。
「あなたはキモタクさんでしょ?」
「う、うん……」
まあ、本名なんかどうでもいい。
キモタクが定着しているなら、それでいい!
最後に眼鏡女子が自己紹介した。
「わたしの名前は安邑奈美代といいます」
チラッと上目がちになって、恥ずかしそうに言葉を重ねた。
「職業は──家事手伝いです」
ふうん……。
どっかで聞いたような名前だな──。
まあ、普通の名前だからいいか!
「でも、どうしてこんなことになったんでしょう……」
奈美代が僕に向かって、質問を放った。
僕はつい、普段の妄想を口にしてしまった。
「何だかSF小説の世界に入り込むってところは、半村良の『亜空間要塞』に似ていないかい?」
すると奈美代は大きく頷いた。
「そう! わたしもそれを思ってたんです!」
半村良とは日本のSF作家で、しかも直木賞作家でもある。彼の書いた「亜空間要塞」というのは、宇宙人が亜空間にSF・ファンタジー小説から引っ張ってきたような世界を作り上げ、人類を観察するというストーリーだ。その世界に、四人のSFファンが入り込み、冒険をするという内容だ。
もっとも、どちらかというとSF小説より、ファンタジーよりの世界観だが、プロのSF作家が、ファンのために小説を書いたということで、当時は話題になったらしい。
もし、今いる世界が、「亜空間要塞」と似たようなことになっているなら、このリングワールドは偽物ということになる。
ただし偽物だろうが、本物だろうが、僕らにとってはどちらでも構わない。なぜこんな場所に転移したのか、元の世界へ戻れるのか、僕らにはさっぱり判断できないからだ。
そうだ!
僕らは戻れるんだろうか?
僕は愕然となった。
なぜ、今の疑問が浮かばなかったのか?
もしかしたら、僕は元に戻れない前提で行動していたのかもしれない。
そんなことを考えていると、前方でキョロの鳴き声がした。
「にゃあ~っ!」
顔を上げると、そこには僕の想い描いていたものが……!




