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こちらへとやって来る船が自分たちにとっての敵だったならば? アルフレッドはそう考えると、渋ったような顔を見せた。フレイヴはカムラを信じて迎えに来てくれたと思っているが――生憎、自分にそんなオメデタ頭は存在しない。常に現実を見据えているからだ。だが、非現実的なことが現実に起こっているのをこの目で確認した。夢でもなければ、幻覚でもない。紛れもない、現実。
「本当にお嬢が誰かに頼って、迎えに来れたとでも思っているのか?」
「でなければ、やっていけないです」
その気持ちはわかる。しかし、現実的に考えて欲しい。ただの少女(実際はそうでもない)の懇願を裏社会で牛耳っているケレントが動くだろうか。外国人とでしか捉えてくれない自分たちのために独立の国の軍を動かせるだろうか。無論、できるはずがない。アルフレッドはその結論に達する。だからこそ、あの船の正体は独立の国の軍警備隊であるとしか思えないのである。彼はまだ命が惜しいと考えている。隣で船のシルエットを見ている少年の腹内は知らない。
「俺は逃げるからな」
「えっ!? どうしてですか? もしかしたら、ぼくたちを助けに来てくれるかもしれないのに」
「そういう風に考えられるお前さんが羨ましいね。だが、俺はそうであるとは思っていない。むしろ、不法侵入者である俺たちを捕まえに来たとしか考えられない」
そう吐き捨てるように言うと、アルフレッドは島の中の方へと行こうとした。それをフレイヴは慌てて止める。単独行動は危険だ、と。
「そっちはナズーがいるかもしれないですよ」
「いたとしても、軍に捕まるよりナズーになっちまう方が万倍いい。そっちの方が捕まる確率は低いからな」
こちらを横目で見てくるアルフレッドはひどく冷たかった。まるで話しかけるな、とでも言っているよう。所詮は他人。それは当たり前。他人が死ぬことを恐れるより、自身の死を恐れるのが人間なのだから。ここまで手伝ってあげたのだ。これ以上、彼らに付き合っていられない。あとは人を巻き込まず、自分たちでやって欲しい。元より、島自治区へと逃亡することが目的だったのだから。
「それじゃ、頑張って魔王とやらを倒せよ」
半信半疑でしか聞いていない二人の事情。カムラのことを信じたとしても、まだ魔王のことは信じていなかったのだ。なぜならば、この目で見たことがないから。見ていないものを、見たことのないものをどう信じろと?
アルフレッドは海辺の方を振り返ることなく、島の中へと行ってしまった。その場に独り取り残されたフレイヴは眉を八の字にして、不安そうに海の方を見た。流石に大きな船だと来られないらしい。その代わり、小舟がやって来ていた。舟には幾人かの人たちが乗っているようだ。小舟がある程度、こちらに近付いてきて――ようやく乗船している人物たちを目撃した。島へとやって来たのは、ケレント関連の者たちでもなければ、独立の国の軍警備隊でもない。彼らは――。
「きみがフレイヴかい? もう一人……きみのお父さんもここに来ていると通報を受けたんだが」
そう話しかけるのは新王国の軍人たちだったのだ。




