81ページ
『愚かなる天使は悪魔に変わり果てた』
石板にはそう書かれていた。天使は愚かである、ということがわかっても、意味は理解できていない。そもそも、天使物語を知らないのだから。そのままの意味で捉えてもいいのだろうか。もっと、詳しい内容はないのだろうか。部屋中を調べていると、カムラが一枚の紙切れを見つけた。
「何か手掛かりあった?」
「いや、これただの日記みたい。違った」
「へえ、こんな人がいないようなところにそんな物があるのか」
誰か、この遺跡に足を踏み入れて忘れた物なのだろう。そういう風に解釈して、三人はこの部屋を出た。別の部屋を捜索するつもりなのである。
「アルフレッドさんって天使物語で何か知っていることあります?」
「知っていたら、すでに教えていたけどな。それに、俺は神様とやらの存在を信じても、信仰している教えはないぞ」
元より、カムラの存在が大きいのだろう。アルフレッドは彼女の方を見てそう言った。その言葉通り、彼にも信仰する教えはないらしい。
「というか、多分プトレア教の話の中身だと思うけどよ。俺、その宗教はほとんど何も知らないんだよ」
「こういうとき、知っていて欲しいのに」
別の部屋で天使物語に関することを探しているカムラはそう口を尖らせてくる。ていうか、そんなこと言ったってしょうがないじゃないのか?
「おっさん、そういうのに詳しそうなのにな」
「おいおい、俺はただの逃亡者だぞ。信じられるのは己のみ。神様の言ったことを忠実に信じていたら、世の中すべての犯罪者は今頃独房の中だろうよ」
「おっさんって、そもそも何して逃げてきたの?」
それはフレイヴも気になっていたところ。だが、そういうのを訊いてもいいのだろうかと思ってしまって、訊くに訊けなかったのだ。こういうときだけカムラを尊敬する。だが、そうであってもアルフレッドは話してくれるだろうか。そこを気にしていると、彼はどこか目を泳がせつつ――。
「人を殺した」
そう言った。あまり言いたくないようだった。その思いはカムラにも伝わっており、そこに至っての彼女は空気を読む方らしい。「そ」と小さく反応を見せると、何も訊かなくなってしまった。思わぬことだったのだろう。それからはというものの、捜索中はほぼ無言状態だった。
<N337.寒冷の月 第3週目と3日>
家族も友人も失った私が訪れた場所は海が美しい場所だった。
ここはナズーが存在しないかのように、静まり返っているから安心できる。
<N337.寒冷の月 第6週目と2日>
外国人だというのに、信仰する宗教も違うというのに、島の人たちはすべてを失った私に優しくしてくれた。
特にある少年によく世話をしてもらっていた。
<N338.温暖の月 第10週目と5日>
気がつけば、この島に来て数ヵ月も経つようだ。
相も変わらず、穏やかな時間が過ぎていくようである。
ずっと、このゆっくりとした時間が流れていけばいいのに。
<N338.猛暑の月 第8週目と6日>
少年は言っていた。最近、島の一部でおかしなことが起こっている、と。
何が起こっているのかは分からないが、よくないことが起こりそうな気がしてたまらない。
<N338.猛暑の月 第9週目と3日>
朝一番で島の人から聞いた。
ついにこの島にもナズーが現れてしまった、と。
どうもナズーは大陸だけに現れるとは限らないようだ。出現理由は? 船などに乗り込んでいたのだろうか。色々と考えられるが、目撃者曰く、その場で突然人からナズーになってしまったとのことだ。
<N338.猛暑の月 第12週目と1日>
日に日に増してナズーは増える一方。更には島の人たちが、私がナズーを連れてきたのではないか、と考え始めてきている。
強ち間違いではないのかもしれない。
だが、そうであろうとも不本意である。私はナズーを操っていない。
もしも、そのようなことをするような輩がいるとするならば、その人物はナズーの楽園を考える頭のイカれた者だろう。




