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先ほどまで数体のナズーに追いかけられていたのに。今となってはとても静かである。苔の生えた石畳と靴の擦れ合い。上の方から垂れてくる水が滴る音。不思議と心地がいい。とても安心できるほど。そっと上を見上げれば、遺跡自体を植物が覆っていて、その隙間からは日の光が入ってきていた。その光は三人の傍らにある水に反射してキラキラと輝いている。
とても素敵な光景であるには間違いないが、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。フレイヴ自身がどのぐらい気を失っていたかによる。二人に訊けば、そんなに時間はかかっていなかったというのだが、体感時間と実際に流れる時間が違うことはある。フレイヴはそれを気にしていた。もちろん、他の二人だって次第に辺りが暗くなることを心配しているようである。早いところ出入口と、できるならば火の種が欲しいものだ。
であっても、やはりは「何の遺跡何だ、ここ」と気になる。アルフレッドは濡れた髪の毛を掻き上げながら周りを見てみる。
「昔、使われていた建物ですかね?」
言いたいことはわかっていた。長いこと使われていない場所に植物が壁や床、天井に這っているから。どれだけの間、人は踏み入っていないのだろうか。誰かの足跡も皆無だ。そうと考えるならば、どうして建物内に水があるのだろうか。なんてフレイヴが考える傍ら、後ろを歩くカムラを見た。彼女はこの建物に見覚えがあるのだろうか。気になった彼は「ねえ」と訊ねてみることにした。
「カムラはこういうところに来たことがある?」
「うーん、ないなぁ。あたしがいたところって、こんな感じの建物じゃなかったもん。色とりどりのタイルが敷き詰められた町とかには住んでいたけど」
それならば、このような無機質感のある場所に関係があることはないか。
誰も知らない建物内を三人が徘徊していると、広間の方へと出てきた。誰もいない、というわけではなかった。この広間の奥には一人の男がいたのである。少し離れたところであっても、フレイヴとカムラは男の背中に見覚えがあった。
「あの人って……」
二人が声をかけようと、近付こうとするのだが――「おい」とアルフレッドが止めようとした。
「何、近寄ろうとしているんだ。捕まっちまうぞ」
「多分、大丈夫と思うんですけれども」
「大丈夫なわけないだろ。俺たちは新王国民、あっちは独立の国のやつだ。すぐに増援がうじゃうじゃ来るに決まってる」
そんな大勢相手をしても、どうにかなると思えない。そうアルフレッドは言うが、それでも二人は「問題ない」と断言した。
「平気ですって。だって、あの人はぼくたちと同じ新王国の人ですから」
「はあ?」
唖然とするアルフレッドをよそに、フレイヴたちは男のもとへと向かう。出入りが厳しいこの島に新王国民がいるだって? それはおかしな話なのか。それとも、至極当然な話だったりするのだろうか。彼らの背中を訝しげに見るばかりであった。




